by yoronto
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私の両親は共に昭和2年生まれの御年90歳。 太平洋戦争を経験した世代で、共に貧乏な家庭の生まれ育ちながら、9人の子供を産み育て、家族を養うために働きづくめで苦労に苦労を重ねつつ、4人をも私立の大学まで進学させた偉業は、子供からみても大したものだと感じ入ります。 そんな両親も寄る年波には勝てず、現在、母は施設暮らし、父は実家暮らしをしながら体の調子がいい時に仕事をするという状況です。 両親は生まれてから今日までずっと与論島で暮らしています。 やむをえない用事で島の外に出たことはあったものの、それ以外は島に根を張り、大勢の子供たちを育て上げ、島の人たちと付き合い続けてきました。 いつだったか、東京暮らしの私が帰省した際に、母に「島から出てみたいと思ったことはないのか?」と聞いたことがありましたが、母は即座に「一度もない」と答えました。 私の兄弟姉妹のうち、姉三人は島で暮らしていますが、他は全員島の外で暮らしています。 島にいる姉も若い頃は島の外で働いた経験を持っています。 島の外に出ると、特に大都会に出ると、「与論島はなんてちっちゃいんだ。島を出てよかった。おかげでずいぶん視野が広がった」なんて思ってしまいがちでしたが、50代になった今、「いやまてよ、小さい島ながら、この島でいろんな人生を経験し、そこで一生を終える、それもまた素晴らしい生き方なのではないか」と思えるようになってきました。 江戸っ子、浪花っ子、浜っ子、、、その地に根付いた人の呼び方を真似すれば、私の両親は、きっと生粋の“与論っ子”といったところでしょうか。 以前、私は、今後の与論島の生きる道(与論島再生のための100年ビジョン)として、こんなフレーズを提唱しました。 『自然と生きる、自然に生きる、“魂の島”』 もしかしたら、このコンセプトは、両親の生き方を見ているうちに私の中に自然に芽生えてきていたのかなと。 与論島で生まれ育ち、一生をこの島で過ごす、なんと素晴らしい生き方でしょうか。 自分が生まれ育った地を愛し、特別な支障でもない限りその地で暮らし続ける、案外そんな生き方も幸せな生き方なのかもしれませんね。
by yoronto
| 2017-07-13 17:49
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