我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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時代とともに変わり行くご先祖様との接し方、でも思いは残したい

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与論島では、古くからお盆や正月に神棚の前にご馳走をお供えし、ご先祖様に召し上がっていただくとともに家内安全や家の繁栄をお願いするしきたりがあります。
年中行事として、私の実家でも毎年やっています。
島を出てよその地で暮らす人が帰省する際には、お土産を神棚に供えて帰省の報告をする慣習もあります。
それだけ与論島の人々はご先祖様を敬う心を持っています。

このしきたりも、執り行う際のやり方は時代とともに変わってきています。
私が子供の頃、お供えするご馳走は、亡くなったご先祖様の人数分をお供えしなければなりませんでした。
例えば、10人のご先祖様がいたら、10人分同じ内容のお膳を準備しなければなりませんでした。
母や姉が作ったお供え用の料理をお膳にのせて神棚の前に運んだものです。

今は、人数分作るのは手間もかかるし、それにお供えした料理は一定の時間が過ぎると家族で食べることになるので、1~3つぐらいのお膳にまとめお供えをするようになりました。
形式は変わってもご先祖様を敬う心が変わらなければいいということですかね。

与論島のしきたりも時代とともに変わり、かつてのしきたりを知る人も次第に減っていっているでしょう。
地域の文化には一見煩わしい面もあるものですが、世界中の人々がそうであるように、自分たちのご先祖様が延々に受け継いできた文化は、例えそのまま引き継ぐことはできなくても歴史・記憶には残し続けたいものです。
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by yoronto | 2013-08-01 16:35 | 島の文化
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