我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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【与論島再生のアイデア(39)】誰でも自由に物品販売ができるフリーマーケットの創設を!

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私は現在東京在住ですが、休日などに出掛けると街のあちこちで“フリーマーケット”の光景をよく見かけます。
フリーマーケットというのは、主催者側に申し込んで承認されれば誰でも物品販売ができるしくみです。
街のちょっとした広場で、若者を中心にいろんな人たちが様々な商品を並べて売っています。
言ってみれば、露店商ですかね。
そのために商品を仕入れたというより、自分がかつて買った商品などで不要になったものを売っているケースもたくさんあります。

また、本土では、全国各地に地元の特産物を一か所に集めて販売している“道の駅”という場所があったり、各生産者が各々自分のところで作った野菜や果物類、あるいは猟師町であれば自分のところで獲れた魚介類などを一か所に持ち寄って直接販売する“朝市”があったりします。
こういった場所を利用したことがありますが、食べ物などは鮮度がいいので美味しかった記憶があります。

このようなフリーマーケット、道の駅、朝市の光景を見るにつけ、我が郷里与論島にも同じようなしくみができないものだろうかと思います。
やり方はいたってシンプルです。
例えば、島一番の商店街である茶花のどこかに平屋の建物を建てます。
そこにたくさんの区画割りをし、希望者を募った上で、希望者は自分が売りたいものを各々持ち寄って自分の区画で自由に物品販売をしていいこととします。
農家であれば自分の畑で採れた野菜や果物類などを販売し、漁師であれば獲れたての魚介類を売るというわけです。
また、他にも売りたいものがあれば自由に売ることができます。

これだったら、それほどコストもかからないでしょうし、生産者も自ら直接消費者の反応を確かめることができるのでヤリガイを感じるのではないでしょうか。
もちろん、商売なので順調にいかないこともあるでしょうが、それこそが自己責任、自助努力なのであり、その感覚を与論島民に持ってもらういい機会にもなるかもしれません。
ひょっとしたら、地元の人ばかりではなく、都会からも申込み希望者が出る可能性もあります。
島の活性策のアイデアとして、いかがでしょうか?
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# by yoronto | 2012-07-29 11:22 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(38)】本土の地域支援活動家たちとのネットワークを!

昨日、銀座でNPO法人『地域から国を変える会』(理事長 朝比奈 一郎、株式会社青山社中代表) の発足記念パーティがあり参加しました。
当会の理事長である朝比奈さんとは、彼が経済産業省勤務時代に主宰していた霞ヶ関を変革することを目的とする活動『プロジェクトK』の勉強会に参加した時以来の知り合いであり、今後の日本の方向性に影響を与えていくであろう彼の行動を注視したいということ、また、自分自身、地方出身者なのでこの会の趣旨と活動に興味があることの二つの思いで参加した次第です。

関係者の方、この会に賛同する方など、たくさんの方々が参加されていました。
参加者は、私の年齢以上の方は少なく、20代(大学生含む)、30代の方々が多い感じでした。
参加者のいろんな方々とお話をさせていただきましたが、皆さん、この国、日本を変えたい、日本全体を元気にしたいという熱い思いを持っており、中には実際の行動に移されている方もいて、何だかパワーを分け与えてもらったような気がします。
当会の顧問に就任されている慶応大学の上山信一教授や地域活性化の伝道師として知られる内閣府の木村俊昭氏のお話を聴いて、いかに地域活性化の取り組みが重要であるかを改めて実感しました。

この会に参加しての最大の収穫は、地域の活性化を通して日本を元気にしたいという熱い思いを持っている人たちと関係ができたことです。
こういう人間関係づくりは、地域の活性化を願い、活動している人にとってはとても重要なことと考えています。
懇親タイムでいろんな人に、与論島のことを話したのですが、皆さん、島の名前は知っていても、どこにあるのかその位置を知らない人がほとんどで、与論島を沖縄県だと思っている人もいました。

国の行政の中心を担う霞ヶ関官僚や地域活性化の活動をしている人たちでさえ与論島についての知識がないのが実状なので、与論島は井の中の蛙にならず、島外に向かってもっともっと情報発信をしていく必要がありますし、また、同時に、本土の地域支援活動家たちとのネットワークを広げていく必要があります。
かつて、観光ブームに沸いていた時代に比べ、与論島は知られない存在になりつつあるのでしょう。
島内関係者、島外に住む関係者は、島の活性化のために、積極的に動いて人のネットワークづくりに努めることが重要だと思うわけです。
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# by yoronto | 2012-07-22 13:12 | 島の再生

我ら元気印!、与論中学校同窓会『クントゥグンジュ in 東京』

昨日6月23日(土)、東京の「グランドプリンスホテル新高輪」において、昭和39年・40年生まれの与論中学校卒業生による同窓会『クントゥグンジュ in 東京』が盛大に開催されました。
クントゥグンジュ”というのは与論島の方言で、「今度50歳を迎える」という意味で、50歳を迎えるにあたってそれを祝うというのがこのイベントの趣旨です。

実はこのイベントは、今年1月3日に既に郷里・与論島で開催されています。
本来であれば、全員がここに集うのが理想でした。
しかしながら、多くの仲間たちが全国各地に住んでおり、仕事やその他の事情により郷里で開催されたこのイベントに参加できない人も多かったため、東京在住で帰省できなかった人たちが中心となって今回の企画となりました。

遠くは与論島や沖縄、あるいは大阪、名古屋などからも仲間たちが集まり、総勢40名を超える盛大なイベントとなりました。
当時の同級生は160名近くいましたので、その4分の1が集まったことになります。
当時の仲間の中には、悲しくも既に他界されてしまった人が6名もおり、式典の開催にあたり全員で黙祷を捧げました。

集まった人たちの中には、それこそ中学・高校卒業以来会っていない人なんかもいて(30年以上ぶり)、懐かしさのあまり話しが尽きませんでした。
歌ありの、踊りありの、楽しい芸ありの、そしてもちろん“与論献奉”ありので、3時間があっという間に過ぎていきました。
二次会は、カラオケ大会。
その後は、家路につく人、三次会へと流れていく人と別れましたが、本当に楽しく盛り上がった同窓会でした。

同様のイベントは、私たちが還暦(60歳)を迎える時にまたあります。
その時まで仲間全員が元気でいてくれることを祈るばかりです。
他の世代から私たちの世代(昭和39年・40年生まれ)は元気でパワーがあると言われています。
これからも歳を感じさせないぐらいの元気さを保っていきたいものです。
当イベントに参加された皆さん、大変お疲れさまでした。
当日の模様を写真で綴りますのでぜひお楽しみ下さい。

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# by yoronto | 2012-06-24 12:21 | 島の人々

【与論島再生のアイデア(37)】与論島再生の鍵は“人材”にあり!

2011年10月27日付の記事でも述べたことですが、与論島の今後の発展を考える上で、鍵を握るのは“人材”であることは間違いありません。

このことは、私自身が現在体験していることからも強く感じています。
私は今年から人材系のベンチャー企業で働いています。
勤務先:株式会社人材研究所
ホームページ: http://jinzai-kenkyusho.co.jp/
Facebook: http://www.facebook.com/#!/jinzai.kenkyusho

この会社は、企業が求める人材をその企業に代わって集め供給するという事業を行っています。
私も一担当者としてそのお手伝いをさせていただいています。
そんな体験を通して、今の世の中、いかに多くの企業が優秀な人材確保に必死になっているかがよくわかります。
この状況は、全国各地でまったく同じでしょう。
もちろん、与論島も例外ではないはずです。

これからは、与論島在住の人材だけでなく、島外から人材を呼び込んでいく努力が必要です。
与論町の町役場なども内部改革を行って、人材の登用、外部人材の受け入れをやっていったほうがいいでしょう。
東京に住んでいるとひしひしと感じるのですが、私たちを取り巻く環境は想像以上に早いスピードで進んでいます。

古き良き与論島を懐かしんでいるばかりでは時代から取り残され、ますます過疎化が進み、寂れた島になってしまいかねません。
与論島在住の皆さん、そして島外で与論島の発展を願う皆さん、一緒に人材の重要性について共通認識を持とうではありませんか。
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# by yoronto | 2012-02-26 07:06 | 島の再生

与論島のサトウキビ農家が直面する厳しい現実

与論島は今、主力産業である“サトウキビ”の収穫の真っ最中で、どこのサトウキビ農家も毎日朝から夕方まで収穫作業に追われているようです。

今は東京暮らしで実家の手伝いもできない私が言うのは心苦しい気もしますが、昨今の与論島のサトウキビ農家が抱える課題は次の三点でしょう。
1.低い生産性
2.TPP問題等による国際競争の脅威
3.生産者の後継者不足


そして加えて言えば、昔からの古い考え方に固執するご高齢な方々の時代対応の遅れでしょうか。
私の実家の例でいえば、現状では、かなり高齢の父と姉の二人だけがサトウキビの収穫作業に従事しており、二人で朝から夕方までフルタイムで頑張っても大した収穫量にはならないそうです。
かつてなら、男兄弟たちも数名いたので、かなり楽に収穫できたものです。

現在、各農家でそういった現状があるので、収穫機械の導入も進められ、労働力不足の農家は機械を持っている農家などに収穫作業を依頼することができるようです。
ただ、これにはもちろん費用が発生するので、生産量の少ない農家にとっては、サトウキビ栽培に伴う諸々の費用と合わせ負担になっているのが現実です。

日本の農業全体の問題でもある農業従事者の高齢化、後継者不足、低生産性は、人口の過疎化と合わせ与論島に大きな打撃を与えていることは間違いありません。
低い生産性は収入にも影響するので、家計は火の車になり生活は困窮するばかりでしょう。
もちろんこのままでいいはずがありませんから、現在島で暮らしている若い人たちの頑張り、そして島外で暮らしている島関係者の応援や支援がますます必要になってきそうです。

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# by yoronto | 2012-01-22 10:25 | 島の現状

本土のイカ塩辛より、与論島の“イチャガラシ”が好き

与論島を出て本土で暮らし始めてから違和感を感じたことの一つにイカの塩辛料理があります。
イカの塩辛料理のことを与論島では“イチャガラシ”と呼んでいます。
イカの塩辛はお酒の肴に合うので好きなのですが、私はやっぱり与論島の塩辛が好きですね。

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# by yoronto | 2012-01-11 19:37 | 島の食物

与論島は、今、サトウキビ収穫のまっただ中

南の島々では、年が明けると本格的なサトウキビの収穫が始まります。
与論島も同様です。
今の時期から春先まで島のいたるところでこの収穫作業が行われます。

最近は大型の機械を使っての収穫作業も行われつつありますが、多くの農家はいまだに家族総出の人海戦術でこの作業を行っています。
この作業がまた重労働なんですよね。
子供の頃から島を出るまでこの作業に携わりましたが、よく筋肉痛になり大変でした。

私の実家は男の子供が全員島外へ出てしまったため、現在は、高齢の両親と女性の姉たちだけが人出です。
これは私の実家だけでなく、他の農家でも似たような状況です。
昔よく言われた“三ちゃん農業”(農業の担い手が、じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんしかいない)そのままといった感じでしょうか。

自分の可能性や収入を求めて、豊かな生活へ憧れて若い人たちはどんどん島を出ていくため、重労働を伴う農家の担い手が減っていき、残された高齢者たちや数少ない若者たちだけで何とかしなければならない現状があります。
農家の後継者の問題は全国的な問題なのでしょうが、与論島でも深刻な問題の一つです。

何はともあれ、今、サトウキビ収穫に勤しんでいる農家の皆さんには大変な時期ですがぜひ頑張ってほしいと思います。
島の大事な産業を支えていただいていることに大変感謝いたします。

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# by yoronto | 2012-01-10 07:56 | 島の産業

与論島内の散歩道、海岸沿いの遊歩道

与論島の海岸には、防風(砂)対策で“モクマオウ”という木がたくさん植えられていますが、その中に散策のための遊歩道がつくられています。

朝や夕方などにこの道を散歩するととても気持ちがいいんです。
海のすぐそばなので潮の香りも感じられます。
与論島へ行く機会があればぜひこの遊歩道を歩いてみてほしいですね。

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# by yoronto | 2012-01-09 08:50 | 島の見所

【与論島再生のアイデア(36)】島外の人が与論島に求めるのは“都会”ではない

私が知りうるかぎりにおいては、島外の人たちは、与論島に“都会”的なものってあまり求めていないような気がします。
むしろ、自然だとか、昔ながらの牧歌的な風景とか、素朴な島民気質とか、そんなものを求めているようです。

きっと、島民の中には都会的なものを欲している人もいるかもしれません。
都会のように華やかな場所があったらいいなぁとか、都会で買えるものが島のお店でも買えたらいいなぁとか、ファッションも都会的にしたいなぁとか、便利な施設があったらいいなぁとか。
そういう気持ちもわからないわけではありません。

でも、たぶん、与論島が都会化したら島外の人は与論島に魅力を感じないでしょう。
都会型のリゾート施設がたくさんできたら、むしろ観光客は減っていくでしょうね。
島外の人は、本土や都会、他の島にないものを求めて与論島へやってくるのです。

そういうことを考えると、与論島は、自然を大切に守り、昔ながらの良さを引き継ぎ、与論島らしさをアピールしていくというのが賢明な選択かもしれません。
与論島の民家が都会的なものじゃつまんないですよね?

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# by yoronto | 2012-01-08 11:14 | 島の再生

与論島は、先人たちの血と汗と涙の歴史でつくられてきた

与論島民は、古くから先祖を敬い、先輩に敬意を払いながら生きていますが、それは、島民の心の中に、今の自分たちがあるのは先人たちの血と汗と涙のおかげでという強い思いがあるからでしょう。
いつまでも大切にしたい精神です。

<琴平神社の境内に建つ碑>
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# by yoronto | 2012-01-07 14:18 | 島の歴史