我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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与論島の活性化には、「考えて→行動する」人が欠かせない

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これまで与論島再生のアイデアについて、39項目の記事を書いてきました。
そんなアイデアの一つに、「 【与論島再生のアイデア(4)】小さな畑付きの家を販売してはどうか」というのがあったのですが、最近、この内容と似たようなことをして地域活性化をはかっている地域があることを知りました。

東京の奥多摩という人口の少ない地域では、「滞在型市民農園」という企画で町の活性化をはかろうとしており、これがシニア世代に人気を呼んでいるそうです。
豊かな自然に囲まれた小さな農園で農作業に汗を流しながら毎日を生き生きと過ごす、会社を定年退職したような人の憧れでしょう。
人は老いてゆくと、あまり無理をせず、健康に気を使いながらマイペースで何かをやりたいと考えるものですが、そういう思考にこの企画はピッタリ合ったのだと思います。

小さな区画に分けられた農地付の家には申し込んだ人が滞在し、その地域は一つのコミュニティを形成し、隣近所お互い交流を深めながら農園生活を楽しんでいるようです。
交流イベントなども開催されてお互いが出会う場ができ、そこでお互いの得意分野を活かして知恵を交換し合うといったことも行われているそうです。
地元の住民が滞在中の住民に野菜づくりを教えるなんてこともやっているようですね。
こういう企画は、記事でも書いたことですが、十分与論島でもやれます。
あと、必要なことは、このアイデアを実行に移せるかどうか、それができる人がいるかどうか、にかかっているのかもしれません。
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# by yoronto | 2013-01-26 13:52 | 島の再生

与論島のお父さん、お母さん、いつまでもお元気で!。私を産み育ててくれてありがとう!

郷里与論島を離れて住む出身者が郷里に帰省する目的の一つは、島で暮らす親や兄弟姉妹など家族が元気で暮らしているかどうかその様子を見ることでしょう。
私は現在東京に住んでいますが、私の帰省の最大の目的はそれに尽きます。
私の両親は齢86歳と高齢なので、健康状態は常に気にかけています。

昨年12月30日から今年の1月3日まで帰省した際に会った両親は元気でした。
元気といっても、父の耳はますます遠くなり、母は歩くのも不自由な感じではありました。
ただ、それも年相応なのかもしれません。
父は今だ現役仕事人で、毎日休まず野良仕事をしたり、魚を獲りに海へ漁に出掛けているようで、息子ながら我が父のエネルギッシュな行動力には感心するばかりです。

今はひたすら、私を産んで育ててくれた父と母に感謝し、ただただ、「与論島のお父さん、お母さん、いつまでもお元気で!」と心の中で叫び、祈るばかりです。
サトウキビ収獲の一番忙しい時期に、実家にいて力になれなくてゴメンナサイ。

<牛の餌の草刈りに精を出す父>
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<椅子に座って家族を見守る母>
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# by yoronto | 2013-01-10 07:08 | 私の実家

“名も知らぬ遠き島より流れ寄る椰子の実”の風景が似合う与論島

“名も知らぬ遠き島より 流れ寄る椰子の実一つ 故郷の岸をはなれて なれはそも波にいく月”
童謡「椰子の実」の一節です。
子供の頃学校で教わり口ずさんだ方も多いのではないでしょうか。

そんな風景を与論島の海岸では実際に見ることができます。
昨年12月30日から1月3日まで郷里与論島に帰省したのですが、実家近くの海岸線を散歩していた際、どこからともなく流れ着いた椰子の実を見つけました。
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# by yoronto | 2013-01-06 09:27 | 島の見所

与論島の実家の“我が家のご飯”、一挙公開。この食事が長生きの秘訣?

昨年12月30日から1月3日まで郷里与論島(鹿児島県最南端の島)に帰省していましたが、その間に実家で食べた朝・昼・晩の食事内容を一挙に公開します。
与論島には長生きの島民が多いのですが、この食事に秘訣があるのでしょうか?
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ある日、こんな一品もありました。
(親父が海漁で獲ったでっかい魚の頭)
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# by yoronto | 2013-01-05 11:06 | 島の食物

郷里与論島へ帰るのは何年ぶりだろう?、12/30~1/3帰省予定

今年は久しぶりに実家に帰省します。
前回帰ったのはいつだろう?、と思うぐらい久しぶりです。
東京に住む弟と一緒に帰ります。
二人とも40代独身で親には心配のかけ通しですが、たまには実家に帰って元気な姿を見せ安心させようかなと(笑)。

帰省といえば、島に飛行場ができるまではフェリーしか移動手段がなかったんですよね。
その頃は島外に出ていた人たちは長い船旅をしてやっと我が家に帰ったものです。
今では、東京から約3時間ほどで与論島へ行けます。
便利になりました。

島は年明けからサトウキビの収穫で多忙を極めますが、今回帰ったら我が家の収穫を少しばかり手伝う予定です。
久しぶりに降り立つ島がどんなふうに変わっているか、それを見るのが楽しみです。

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# by yoronto | 2012-12-24 09:25 | それ以外

先人の知恵が台風に勝った?

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大型で非常に強い台風16号が与論島を襲い、島では全島民向けに避難勧告をしたというニュースを耳にし、実家が心配になり電話してみました。
すると、電話に出た姉が言いました。
「うちは特に心配せずそのまま家の中にいたよ。家の周囲には防風林があるし、それが暴風を食い止めてくれたからね」と。

子供の頃から強い台風は何度も経験してきたけど、その度に実家は大した被害を受けませんでした。
今回同様、自宅をぐるりと取り巻く防風林が役立ったのです。
与論島には私の実家と同じように、家の周りに防風林のある家がたくさんあります。
南の島は台風の通り道に位置し、1年を通して何度も台風の直撃を受けるので、こういう対策はまさに生活の知恵だし、先人の知恵です。

本土に台風がやってくると毎回大きな被害が出ますが、南の島々は本土に比べるとそれほど大きな被害が出ません。
あっ、といっても、穀物や自然などは大きな被害を受けますけどね。
それは、南の島は台風に対する心構えや諸々の対策ができているからかもしれません。
台風は自然現象なので発生を止めることはできませんが、南の島で生活する皆さんには、先人の知恵を受け継ぎながらいつまでも台風に勝ち続けてほしいものです。
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# by yoronto | 2012-09-17 23:24 | 私の実家

故郷“与論島”へ帰ってホッとするのはなぜだろう?

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故郷に帰った時にホッとするのは故郷から離れた地に住んでいる人に共通する心情でしょう。
故郷の土を踏んだ瞬間に、「帰ってきたー!」と喜びをかみしめる人は多いと思います。
私が故郷“与論島”に帰った時に一番嬉しいのは、子供の頃から見慣れた自然の風景を再び見れることです。
久しぶりに会う実家の家族や島の友人たちとの再会も嬉しくはありますが、それ以上に島の風景が心を和ませてくれます。

ただ少しだけ残念なのは、島の開発が進んだ結果、子供の頃に見た風景もかなり様変わりしてきていることです。
島で暮らす島民にとっては生活を豊かにするためにやむをえない選択なのでしょうが、島を離れて暮らしている出身者にとっては、与論島の自然はいつまでも変わらずに同じ風景であり続けてほしいと思ったりします。

ふと思い出したのですが、子供の頃、実家の周囲には木がたくさんあって、いろんな野鳥をたくさん見かけました。
いろんな昆虫もたくさんいました。
今東京のど真ん中で暮らしいるので自然の風景を見る機会があまりなく、目に焼き付いている島の風景を懐かしく思い出すばかりです。
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# by yoronto | 2012-09-09 13:04 | 島の見所

【与論島再生のアイデア(39)】誰でも自由に物品販売ができるフリーマーケットの創設を!

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私は現在東京在住ですが、休日などに出掛けると街のあちこちで“フリーマーケット”の光景をよく見かけます。
フリーマーケットというのは、主催者側に申し込んで承認されれば誰でも物品販売ができるしくみです。
街のちょっとした広場で、若者を中心にいろんな人たちが様々な商品を並べて売っています。
言ってみれば、露店商ですかね。
そのために商品を仕入れたというより、自分がかつて買った商品などで不要になったものを売っているケースもたくさんあります。

また、本土では、全国各地に地元の特産物を一か所に集めて販売している“道の駅”という場所があったり、各生産者が各々自分のところで作った野菜や果物類、あるいは猟師町であれば自分のところで獲れた魚介類などを一か所に持ち寄って直接販売する“朝市”があったりします。
こういった場所を利用したことがありますが、食べ物などは鮮度がいいので美味しかった記憶があります。

このようなフリーマーケット、道の駅、朝市の光景を見るにつけ、我が郷里与論島にも同じようなしくみができないものだろうかと思います。
やり方はいたってシンプルです。
例えば、島一番の商店街である茶花のどこかに平屋の建物を建てます。
そこにたくさんの区画割りをし、希望者を募った上で、希望者は自分が売りたいものを各々持ち寄って自分の区画で自由に物品販売をしていいこととします。
農家であれば自分の畑で採れた野菜や果物類などを販売し、漁師であれば獲れたての魚介類を売るというわけです。
また、他にも売りたいものがあれば自由に売ることができます。

これだったら、それほどコストもかからないでしょうし、生産者も自ら直接消費者の反応を確かめることができるのでヤリガイを感じるのではないでしょうか。
もちろん、商売なので順調にいかないこともあるでしょうが、それこそが自己責任、自助努力なのであり、その感覚を与論島民に持ってもらういい機会にもなるかもしれません。
ひょっとしたら、地元の人ばかりではなく、都会からも申込み希望者が出る可能性もあります。
島の活性策のアイデアとして、いかがでしょうか?
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# by yoronto | 2012-07-29 11:22 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(38)】本土の地域支援活動家たちとのネットワークを!

昨日、銀座でNPO法人『地域から国を変える会』(理事長 朝比奈 一郎、株式会社青山社中代表) の発足記念パーティがあり参加しました。
当会の理事長である朝比奈さんとは、彼が経済産業省勤務時代に主宰していた霞ヶ関を変革することを目的とする活動『プロジェクトK』の勉強会に参加した時以来の知り合いであり、今後の日本の方向性に影響を与えていくであろう彼の行動を注視したいということ、また、自分自身、地方出身者なのでこの会の趣旨と活動に興味があることの二つの思いで参加した次第です。

関係者の方、この会に賛同する方など、たくさんの方々が参加されていました。
参加者は、私の年齢以上の方は少なく、20代(大学生含む)、30代の方々が多い感じでした。
参加者のいろんな方々とお話をさせていただきましたが、皆さん、この国、日本を変えたい、日本全体を元気にしたいという熱い思いを持っており、中には実際の行動に移されている方もいて、何だかパワーを分け与えてもらったような気がします。
当会の顧問に就任されている慶応大学の上山信一教授や地域活性化の伝道師として知られる内閣府の木村俊昭氏のお話を聴いて、いかに地域活性化の取り組みが重要であるかを改めて実感しました。

この会に参加しての最大の収穫は、地域の活性化を通して日本を元気にしたいという熱い思いを持っている人たちと関係ができたことです。
こういう人間関係づくりは、地域の活性化を願い、活動している人にとってはとても重要なことと考えています。
懇親タイムでいろんな人に、与論島のことを話したのですが、皆さん、島の名前は知っていても、どこにあるのかその位置を知らない人がほとんどで、与論島を沖縄県だと思っている人もいました。

国の行政の中心を担う霞ヶ関官僚や地域活性化の活動をしている人たちでさえ与論島についての知識がないのが実状なので、与論島は井の中の蛙にならず、島外に向かってもっともっと情報発信をしていく必要がありますし、また、同時に、本土の地域支援活動家たちとのネットワークを広げていく必要があります。
かつて、観光ブームに沸いていた時代に比べ、与論島は知られない存在になりつつあるのでしょう。
島内関係者、島外に住む関係者は、島の活性化のために、積極的に動いて人のネットワークづくりに努めることが重要だと思うわけです。
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# by yoronto | 2012-07-22 13:12 | 島の再生

我ら元気印!、与論中学校同窓会『クントゥグンジュ in 東京』

昨日6月23日(土)、東京の「グランドプリンスホテル新高輪」において、昭和39年・40年生まれの与論中学校卒業生による同窓会『クントゥグンジュ in 東京』が盛大に開催されました。
クントゥグンジュ”というのは与論島の方言で、「今度50歳を迎える」という意味で、50歳を迎えるにあたってそれを祝うというのがこのイベントの趣旨です。

実はこのイベントは、今年1月3日に既に郷里・与論島で開催されています。
本来であれば、全員がここに集うのが理想でした。
しかしながら、多くの仲間たちが全国各地に住んでおり、仕事やその他の事情により郷里で開催されたこのイベントに参加できない人も多かったため、東京在住で帰省できなかった人たちが中心となって今回の企画となりました。

遠くは与論島や沖縄、あるいは大阪、名古屋などからも仲間たちが集まり、総勢40名を超える盛大なイベントとなりました。
当時の同級生は160名近くいましたので、その4分の1が集まったことになります。
当時の仲間の中には、悲しくも既に他界されてしまった人が6名もおり、式典の開催にあたり全員で黙祷を捧げました。

集まった人たちの中には、それこそ中学・高校卒業以来会っていない人なんかもいて(30年以上ぶり)、懐かしさのあまり話しが尽きませんでした。
歌ありの、踊りありの、楽しい芸ありの、そしてもちろん“与論献奉”ありので、3時間があっという間に過ぎていきました。
二次会は、カラオケ大会。
その後は、家路につく人、三次会へと流れていく人と別れましたが、本当に楽しく盛り上がった同窓会でした。

同様のイベントは、私たちが還暦(60歳)を迎える時にまたあります。
その時まで仲間全員が元気でいてくれることを祈るばかりです。
他の世代から私たちの世代(昭和39年・40年生まれ)は元気でパワーがあると言われています。
これからも歳を感じさせないぐらいの元気さを保っていきたいものです。
当イベントに参加された皆さん、大変お疲れさまでした。
当日の模様を写真で綴りますのでぜひお楽しみ下さい。

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# by yoronto | 2012-06-24 12:21 | 島の人々