我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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【与論島再生のアイデア(46)】これからの与論島に似合うのは、ロハスとかスローライフとか

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最近読んで共感した本に次の二冊があります。
ぼくはお金を使わずに生きることにした』(マーク・ボイル著、紀伊国屋書店)
29歳のイギリス人の若者が1年間お金を使わず自然の中で生活した体験を記したもの。
彼の行動は世界中から大きな反響があり(同書は既に世界10数ヶ国で刊行)、人間はお金をそれほど持っていなくても、自然の恵みに感謝する心、謙虚に学ぶ姿勢、他人との良好な人間関係があれば豊かな生き方ができるということを教えてくれます。

僕たちは島で、未来を見ることにした』(株式会社巡の環著、木楽舎)
都会暮らしをしていた若者たちが都会的利便な環境を捨て、島根県の隠岐諸島にある人口2,300人の海士町に移住し生活した体験を記したもの。
悪戦苦闘しながらも島に溶け込んでいく彼らの姿、そしてそんな彼らを温かく見守り受け入れていく島の人々、“よそ者、若者、ばか者が地域を変える”というのがよくわかります。
同町は人口の1割以上が、Iターン、Uターンなどの移住者で占められているそうです。

これからの世の中には、ますますこういう人たちが増えていくでしょう。
これはもう必然といってもいいかもしれません。
地球、世界を取り巻く環境を考えてみればわかることです。
今、そしてこれから世界の人々の前にたちはだかる最大の問題は環境問題です。
環境問題は、自然破壊だけでなく、高齢人口の増加、食料不足、貧富の格差等いろんな事柄と密接に関係します。
これは人々のライフスタイルに大きな影響を与えます。
2011年3月11日の東日本大震災以降、原発汚染、全国各地での豪雨被害、猛暑・干ばつ、竜巻・台風被害等、手に負えない出来事が続いています。
こういうことが連続的に起きてくると、自分の中で“生きる”ということについて今まで以上に真剣に考える人が増えてくるような気がします。

私は、以前から与論島の今後のビジョンについて、次のフレーズに集約して打ち出しています。
自然と生きる、自然に生きる、魂の島
この意味するところについては、2011年9月21日付の記事「【与論島再生のアイデア(1)】我が故郷「与論島」再生のための100年ビジョン」 をご参照下さい。
島民の多くが今も昔も大事にしている自然や精神的なものは、これからも与論島の宝物として大事にしていくべきでしょうし、もしそこからはずれたものを選択しようとすれば必ずやしっぺ返しを食らい、うまくいかないことのほうが多いかもしれません。

そういうことを考えると、ライフスタイルという点では、与論島に似合うのは、ロハスやスローライフなのかなと思います。
私と近い世代の方や私より上の世代の方ならきっと経験があるかもしれませんが、子供の頃、野生の野イチゴを摘んで食べたり、みかんやグアバや桑の木から実をもいで食べたり、そんな楽しみがあったものです。
あるいは、手作りの竿やモリで魚を釣ったり、獲ったりしたこともあると思います。
残念ながら今の子供たちにはそんな場もないし、機会もなかなかないでしょう。
しかし、それでもまだ、今の与論島にはロハスやスローライフに合う環境があります。
島民の皆さん、今後移住を考えている島外の皆さん(島出身者含む)、こういう視点から自分のライフスタイルをつくっていってみてはいかがでしょうか。
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# by yoronto | 2013-09-07 14:14 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(45)】土地、建物・施設の有効活用を考えるべき時がきた

私の実家はサトウキビ農家ですが、担い手は80代後半の父と同居する姉たちです。
島内に点在する農地はそれなりの広さがあるので、現在の担い手にとって、手入れや作物の収穫は負担になっています。
すぐ近所に親戚が住んでいますが、一人暮らしなので私の実家同様に農地の手入れや作物の収穫は大変だと思います。
私が子供の頃は各家庭にたくさんの子供たちがいたので家族全員で農業に携わり、現在に比べれば仕事はずいぶん楽だったのではないかと思います。
島の人口は減少一途のトレンドです。
現状ではかろうじて5,000人を超えていますが、日本の人口予測などをもとに考えれば、今後中長期的には4,000人、3,000人とさらに減少の一途をたどることも十分予想されます。
人口が減るというのは若い人が減ることを意味しますから、島民の平均年齢はどんどん高齢化します。

もし、そうなったらどうなるか。
島の産業を考えてみて下さい。
主要なものは、農業、漁業、観光業です。
農業や漁業はかなり重労働なので、高齢者には辛い仕事です。
私の父からは、「俺は体力の限界だから、田舎に帰って農業をやってくれないか」みたいなことを言われることがありますが、東京で長年サラリーマン生活を経験した私からみると、今の与論島の農業は効率が悪く、生産性も高くなく、それに面白くないし、儲からない仕事です。
だから、あまり積極的に今のままでの家業は継ぎたくないのです。

それに加え、もう一つ問題があります。
私の父は古い人間で自分なりの成功体験を持っているので、自分がやってきたやり方に固執しています。
もちろん、家族の生活を支える上で父の存在や頑張りが大きかったことは間違いありません。
ただ、時代が変わり、与論島を取り巻く環境が変わっていく中では、時代遅れの部分が出てきているのはたしかです。
これは私の実家だけの問題ではなく、島全体に共通する問題のような気がしています。
現状のやり方を良しとしてこのまま推移すれば、そのうち、高齢者は体力の限界で農業や漁業をやめざるをえなくなり、その結果、島のあちこちに耕作放棄地が増え、島の主要産業が衰退し、ますます島が寂れていくという最悪のシナリオになるかもしれません。

では、島を寂れさせないためにどうするか。
私は、島内の農地や建物・施設の有効活用を考えたほうがいいと思っています。
本土から与論島に移住したある方のブログに島の暮らしにかかる生活費の記事があったのですが、東京暮らしの私からすればビックリするほど高いものでした。
その方の記事には、余所の地域から来た人は土地や家がなかなか買えないし、賃貸物件も少なく、仕事もあまりないということが書かれていました。
私は以前から、島の活性化策として島外からの移住者を増やすべきと主張していますが、この方が書かれているような現状だと移住者はなかなか増えないでしょう。
一方で、今後高齢者が増え耕作放棄地が増えていくことが予想される状況においては、多くの無駄が発生してしまうことになります。
建物や施設も使われる頻度が少なければもったいことです。
たまに会合で使われるだけの公民館は建設費を考えれば有効活用されていないといえるでしょう。

仮に私が島の家業を継ぐことになったとして、好き勝手な行動が許してもらえるなら、土地を使って新しいビジネスを考えるかもしれません。
例えば、大きい土地であれば、適当に区画分けした上で月の土地利用料金を決め(月1~2万円とか)、契約者にはこの土地を自由に使っていい権利を与えるとか。
そうすれば、南の島暮らしに憧れている人がそこでキャンプ生活をするかもしれないし、自分で小さな小屋を建てて住むかもしれないし、そこに住みつつ何か仕事を始めるかもしれないし。
あるいは、何世帯か入居可能な小さな長屋を建てて入居者を募集するというアイデアとか。
自分だけのアイデアに限界がある場合は、これまでに培った人脈でいろんな人の力を借りることも考えます。
いずれにしろ、 「今までこうだったから、これからも同じようにやる」という考え方はしないつもりです。

私が住んでいる東京では、公共の建物・施設にアート作品が展示されている光景をよく見かけます。
地下通路の壁一面にいろんな団体の作品が並んでいる光景も見かけます。
島のあちこちにある公民館などにもそんな工夫をしてみてはどうでしょうか。
各家庭の不用品を売買するフリーマーケットを定期的に開催するというアイデアはどうでしょうか。
以前、沖永良部島の土地が中国人に買われていたことが国の安全上問題だとニュースになっていましたが、与論島の土地も耕作放棄地が増えればそうなる可能性があります。
何の使い道もなく何の益も生まない土地を買いたいという人が現れたら、生活が苦しい人ほどすぐ売りたくなるでしょう。
そういったことを考えると、先祖から受け継いだ土地だから後生大事にというのではなく、建てた建物や施設を稼働率が低いままにしておくのではなく、有効活用する方法を真剣に考える時がきていると思うのですが、いかがでしょうか?
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# by yoronto | 2013-09-05 12:11 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(44)】与論島“第二故郷”化推進プロジェクトというのはどうか

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雑誌『BRUTUS』(マガジンハウス)9月1日号は、全国の村にスポットをあてた特集でした。
北は北海道から南は沖縄まで日本全国には184の村があるようです。
特集では、その村ならではの魅力を紹介しつつ、過疎化が進む現状がありながらも、逆に他の地域から移住してきた人たちが村興しに一役買っている事例などが紹介されていました。
村興しに成功して一躍全国区になった村のことも紹介されていました。

与論町もかつては村でした。
私自身は村時代のことはよくわかりませんが、自然という点ではきっと今よりも豊かな自然が島全体に広がっていたのだろうと想像します。
ただ、島民の暮らしは物質面では恵まれていなかったため、開発が主眼に置かれて島から昔ながらの原風景はどんどん姿を消していきました。
貨幣経済の世の中、この流れはしかたがなかったことなのでしょう。
しかし、日本全体でそういう流れが進んでしまった結果、逆に今、村などが持つ原風景にスポットがあたり、豊かな自然、密な人間関係、素朴な人間性に魅せられている人が増えてきているのです。

与論島の開発はだいぶ進みましたが、それでもまだ美しい自然はたくさん残っており、それが島の魅力となっています。
こういう場所が故郷であることに私は大いに誇りを持っています。
島を離れて都会暮らしを始めた頃から今日まで、周囲の人たちから「与論島が故郷だなんて本当に羨ましいですね!」と言われることは多く、その度に嬉しさを噛みしめてきました。

ところで、私は現在東京暮らしですが、この地にかれこれ30年近く住んでいるため、今ではすっかり居心地の良さを感じています。
生まれ育った与論島を第一の故郷とするなら、東京は私にとって第二の故郷です。
“住めば都”という言葉がありますが、まさにその通りだと思います。
考えてみれば、故郷を一つだけに決める必要はないわけで、いくつあってもいいんだと思います。
それに、自分にとって居心地のいい故郷をいくつか持っていると人生が豊かになります。

そこで考えたアイデアが、『与論島“第二故郷”化推進プロジェクト』なるものをつくって、島外の人、特に都会の人に向かって「与論島を第二の故郷にしてみませんか?」と呼び掛けてみてはどうかということです。
お盆や正月に帰省する度に、東京や近郊育ちの人から、「お前はいいなぁ、帰る場所があって」と羨ましがられたものですが、こういう人間観感情を考察するにつけ、東京などの都会育ちの人が自分が生まれ育った地以外にも居心地のいい住処を持ちたいというニーズはあると思うわけです。
海外では、複数の場所で住む人はたくさんいるようです。

以前から、移住者を増やすことが与論島の再生につながると主張してきましたが、当然のことながら、島外の人に与論島への移住を決断させるためには、島のインフラの整備からいろんな面での優遇策など島としての取り組みも必要になります。
かなりの投資も必要になるかもしれませんが、島興しに一番貢献するのは何といっても人材です。
いろんな知恵や知識を持った人、行動力のある人が増えていってこそ島は発展するでしょう。
都会にはないものを持っている与論島、生まれ育った都会を第一の故郷としつつも与論島を第二の故郷にできる魅力は都会の人の心を動かすのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
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# by yoronto | 2013-08-20 17:44 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(43)】大人も子供も楽しめる“アドベンチャー&トレジャーアイランド”構想

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以前、「与論島を“童心に帰れる場所”にしてはどうか」というアイデアについて書きました。
これは私が打ち出した与論島の100年ビジョン自然と生きる、自然に生きる、魂の島』に基づいたアイデアの一つです。
いつまでも過去の栄光にすがってリゾート地としてPRしているだけでは与論島に未来はありません。
今や与論島に行くより格安の旅行費で行ける海外のリゾート地はたくさんありますし、与論島の近隣には沖縄本島をはじめ多くの島々にリゾート施設があります。
やはり、「与論島でなくては!」という与論島ならではの魅力がないと観光客も移住者も増やせません。

そこで、私が考えたのは、先程あげたアイデアにも関連しますが、与論島を“アドベンチャー&トレジャーアイランド”(冒険とお宝の島)としてPRしてはどうだろうかということです。
私が子供の頃、島には未開発の森や野山があり、そういった場所などでいろんな鳥類や昆虫類、自然の植物などを見かけました。
ちょっと野蛮かもしれませんが、当時は罠を仕掛けて野鳩などを捕まえて食用にしたこともあったし、蝉取りなどもして遊んだものです。
小さい島ながらも、子供の頃は島で行ったことのない場所は多かったので、森や野山はかっこうの冒険の場所でした。
都会の子供たちも同様のようで、ちょっとした自然のある場所へ行くと昆虫などの小さな生き物を捕まえて興奮し、大喜びしています。

また、子供の頃、砂浜で遊んでいると、通りかかった観光客が砂浜にある貝殻を拾っている姿をよく見かけました。
「この貝殻、きれいだね」と言いながら、拾った貝殻を一つひとつ大事そうに持っていた袋に入れていた姿も記憶に残っています。
きっと、彼らにとってはその貝殻はお宝だったのでしょう。
島人にとっては何の変哲もないものが島外からやってきた人にとっては貴重なものということだってあるのかもしれません。

島外に住む人が家族連れで島にやってきた時、友人と一緒にやってきた時、一人でやってきた時、冒険するようなワクワク感があり、島のどこかで自分だけのお宝が発見できる、そういうことで大人も子供も楽しめる島、そんなアイデアはいかがでしょうか?
畑や土地をたくさん持っている方は、その一部を使って昔のように鳥や虫たちが暮らす森林公園(有料)をつくるとか、冒険や与論島らしいお宝が発見できるテーマパークをつくるとか、冒険とお宝というキーワードにいろんな具体的なアイデアが出てきそうです。
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# by yoronto | 2013-08-03 15:27 | 島の再生

時代とともに変わり行くご先祖様との接し方、でも思いは残したい

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与論島では、古くからお盆や正月に神棚の前にご馳走をお供えし、ご先祖様に召し上がっていただくとともに家内安全や家の繁栄をお願いするしきたりがあります。
年中行事として、私の実家でも毎年やっています。
島を出てよその地で暮らす人が帰省する際には、お土産を神棚に供えて帰省の報告をする慣習もあります。
それだけ与論島の人々はご先祖様を敬う心を持っています。

このしきたりも、執り行う際のやり方は時代とともに変わってきています。
私が子供の頃、お供えするご馳走は、亡くなったご先祖様の人数分をお供えしなければなりませんでした。
例えば、10人のご先祖様がいたら、10人分同じ内容のお膳を準備しなければなりませんでした。
母や姉が作ったお供え用の料理をお膳にのせて神棚の前に運んだものです。

今は、人数分作るのは手間もかかるし、それにお供えした料理は一定の時間が過ぎると家族で食べることになるので、1~3つぐらいのお膳にまとめお供えをするようになりました。
形式は変わってもご先祖様を敬う心が変わらなければいいということですかね。

与論島のしきたりも時代とともに変わり、かつてのしきたりを知る人も次第に減っていっているでしょう。
地域の文化には一見煩わしい面もあるものですが、世界中の人々がそうであるように、自分たちのご先祖様が延々に受け継いできた文化は、例えそのまま引き継ぐことはできなくても歴史・記憶には残し続けたいものです。
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# by yoronto | 2013-08-01 16:35 | 島の文化

島に変化をもたらしてくれるのは、“若者、ばか者、よそ者”

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与論島で暮らされている島民の方の中には、「与論島は今のままでは未来はない!」と危機感を抱かれている方もいらっしゃると思います。
そういう方はきっと、現状を変えるために何とかしたいと思っていることでしょう。

地域を変えられるのは、“若者、ばか者、よそ者”とよく言われます。
恐れを知らない挑戦心旺盛な若いエネルギー、古い考え方や習慣にとらわれず人目を気にしないでやってしまう大胆さ、まったく新しい視点で物事をみて提案したりやったりする力、そういうものをこの人たちは持っているということです。

以下のブログ記事は、島の活性化を考える上で示唆に富んでいる点が多いと感じましたのでご紹介します。

ブログタイトル:つぶやきかさこ
記事タイトル: よそ者を嫌う地域に未来はない~限界集落「秋元」の取り組み
URL: http://kasakoblog.exblog.jp/17977776/  
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# by yoronto | 2013-07-30 11:35 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(42)】島の食材を見直し、育て、新たな特産物をつくろう

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私は現在東京に住んでいますが、以前、ある居酒屋を会場に使い、おつまみは参加者各自が持ち寄る宴会を企画したことがあります。
私は、実家から送ってもらった“二ビル”を持参しました。
この二ビルは本格的に栽培しているものではなく、実家のサトウキビ畑の隙間に雑草のごとく群生していたものです。
調理法はいたってシンプルで、生の素材を塩揉みしただけのものです。

都会の人たちの口に合うだろうかと最初は多少不安もありましたが、いざ宴会が始まってみるとこの一品が大好評であっという間になくなってしまいました。
この時のお酒は日本酒がメインでしたが、日本酒の肴としてものすごく合ったようなのです。
参加者からはこの食材はどこで手に入るんだと聞かれたりもしました。

国は現在、今後の成長戦略の一環として日本の食文化を海外に売り込もうと動いています。
そういう流れの中で、今後は“食”の分野がますます熱くなっていくでしょう。
食の分野であれば地域を問わず日本中にチャンスがあります。
以前に長寿料理を与論島の特産物にしてはどうかというアイデアについて書きましたが、今後は、もっともっと与論島にある現存の食材を見い出し、育て、特産物をつくっていく努力が必要かもしれません。
私自身も食の分野に関心を持っているため、今後しばらく調理専門学校に通って学び、それから食の分野でビジネスに挑戦しようと考えています。
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# by yoronto | 2013-07-18 14:30 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(41)】与論島の観光戦略、その鍵は日常の生活・風景にこそある

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昨日のNHKのスペシャルは、「“観光革命”がニッポンを変える」というテーマでしたが、ご覧になった方はいますか?
ご覧になった方は、どういう点が印象に残りましたか?
私にとって強く印象に残ったのは、何名かの外国人が言っていたことですが、観光政策を進める側が見せようとしている日本の姿よりも、日本人の日常生活や日本の日常の風景のほうを見たいというのが日本を訪れる外国人の本音だと。
そして、そういう情報は今やネット上でいくらでも入手できるとのこと。
つまり、日本に観光でやって来る外国人は、外国人向けに用意された観光ルートや観光アイテムよりも、自分でもっといろんなものを見て、いろんなことを体験して実際の日本を知りたいと思っているわけです。
このことは、与論島の観光を考える上でもとても重要です。

与論島のPRでは、必ず出てくるのが海や砂浜などの美しい自然、観光目的の名所や物産などですが、今の時代、これからの時代における観光を考える上では違う視点が必要です。
それは上記でも触れましたが、島外から与論島へやって来る人が期待していることは何なのかをよくよく考えてみることです。
外国人の例ではありませんが、私が一観光客として与論島へ行く場合、先程の外国人同様、与論島民の日常生活や与論島の日常の風景を見たい、体験したいと考えるでしょう。

「与論島では多くの島民が食べている食事メニューです」などと、観光目的のためだけに用意された食事メニューを出されても、腹は満たされるかもしれませんが心は満たされません。
与論島に限らず、観光地のお店で出されるバカ高い豪華な食事なんて地元の人は食べていないものです。
都会の人々だって日常の食生活はつつましく、なるべく食費を安くしようと工夫しています。
田舎の人が都会の真の生活を知ろうと思えば、そういう面こそ見るべきだし、田舎から都会に出て生活することを考えている人は、むしろそういう面こそ知りたいはずです。
人は、真の日常生活や日常の風景を見て、体験することでより親近感を抱き、安心するものです。

私がこのブログで書いてきた記事の中で、2013年1月5日の記事「与論島の実家の“我が家のご飯”、一挙公開。この食事が長生きの秘訣?」にはかなりのアクセス数がありました。
これを見てはっきり確信しました。
与論島の一般家庭の日常の食生活を知りたい人は多いんだなと。
違う見方をすれば、与論島のグルメとして紹介されている観光目的の食事メニューより、こういうふつうの食事メニューにこそ人をひきつけるものがあると。
実家の家族にしてみれば、「うちの粗末な食事なんか載せたら恥ずかしいからやめてくれ」ということなのでしょうが、他人からすればそれこそがとても興味をひくものなのです。

日常の生活、日常の風景というのは、それが当たり前の人にとっては何の変哲もなく、面白みも刺激もないものですが、他の地に住む人やそういうことが当たり前ではない人にとっては、とても面白く、刺激的で興味をそそられるものです。
与論島の観光やPRに関わっている人は、こういう視点を持っておいたほうがいいでしょう。
それこそ、例に出した食生活でいえば、与論島の島民の日々の食生活を写真に収め、それを与論島の食文化として情報発信したほうが多くの人の印象に焼き付けられるでしょう。
ブログをやっていらっしゃる島民の方は、もっともっと、本当の日常に関する情報を発信してみてはいかがでしょうか?
私のこのブログには、与論島の多面的な情報が得られるという理由でアクセスされている方も多いようです。
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# by yoronto | 2013-06-30 13:15 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(40)】与論島の成長戦略、農畜産・魚・観光業の次はIT産業の育成を!

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これまで、我が郷里「与論島」の再生に関して私個人のアイデアを発表し続けてきました。
「これはいいアイデア!だ」と思われた方がいらっしゃいましたら、早速パクって行動に移してみてはいかがでしょうか、早い者勝ちです!(笑)。
先日TVを観ていたら、厚生労働省が地中海の国々の食を長寿食として研究することに取り組み始めたというニュース報道がありましたが、私は昨年、【与論島再生のアイデア(32)】“長寿食品・料理”を開発・売り出してはどうか、というアイデアについて提案しています。
世界一早いスピードで高齢化が進む日本、かなり有望なアイデアだと考えますがいかがでしょうか?

ところで、現在、与論島の産業といえば、農畜産業、漁業、観光業が主たる産業です。
しかし、これらの産業を取り巻く環境は年々厳しくなるばかりです。
私は、上記でふれた与論島の再生のアイデアの中で、観光客の呼び込みもさることながら島に根付いてくれる移住者を増やすことを提案しました。
移住者が増えるには、島外に住む島出身者が戻ってくること、他の地域(国外含む)の人たちが移住してくることが必要になります。
そのためにもっとも大事なことは、与論島に生活基盤を成り立たせてくれる産業があることです。

そこで提案したいのが、“IT産業の育成”です。

東京などの大都会で暮らしてみると実感できますが、都会の生活では仕事にも私生活にもITの技術が駆使されています。
若い人たちはIT業界、IT関連の仕事に就きたがり、ITのノウハウ・スキルを身につけることに熱心です。
写真は私の自宅にあるPCですが、ネットに接続されているので、多くのことがこのたった1台のPC、狭いスペースでできてしまいます。
こういうスタイルで仕事をしている人も都会にはたくさんいます。
大資本もいらず、大きなスペースもいらず、たくさんの人もいらず、そんな環境でも成り立ってしまうのがIT関連の仕事です。
そして、ITの仕事は最先端の技術に関われる仕事でもありますから、若い人たちをひきつけます。


ITの仕事は、ネット環境さえ整っていれば場所を問いませんから、与論島のような辺境の地にあっても十分できます。
もちろん、ビジネス、産業として成り立たせるにはそれなりの苦労はあるでしょうし、創意工夫の努力は必要でしょうが。
ただ青い海、白い砂浜、澄んだ空気、豊かな緑、高層ビルや住宅が密集していない解放感あふれる環境、こういった魅力を持つ与論島で最先端の技術に関わりながら仕事ができるというのは、島へ戻りたいと思っている島出身の若い人や都会の人にはかなり魅力的だと思うのです。
島へ戻りたいと思っている島出身者も、泥臭い昔ながらの農畜産業、漁業の仕事、あるいは廃れた観光業の仕事しかない現状では、戻りたくてもなかなか戻れないのではないでしょうか。

日本全国の過疎地域同様、与論島も島民の高齢化が進み、現状のまま推移すれば元気のない島になってしまうのは間違いありません。
元気を失った地域に活力をもたらすことができるのは、“バカ者、若者、よそ者”とよく言われます。
先日、私が住んでいる東京で同じ東京に住む同郷の20代の若者と語り合う機会がありました。
彼はいずれ島に帰ることを考えており、その時のために現在の仕事を通してITのスキルを磨いています。
こういう人材こそがきっと与論島の未来を切り拓いていくに違いない、私はそう確信しました。
与論島の発展のために今のうちからIT産業の育成に力を注いでいくべきだと考えますが、いかがでしょうか?
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# by yoronto | 2013-06-25 12:14 | 島の再生

東京から見た与論島。与論島の魅力は何?、なぜ島出身者は島に戻りたがらないのか?

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日本経済が勢いよく成長した時代、与論島もその恩恵に預かりました。
島自体がもともと持っていた豊かな自然のおかげで、本土から多くの観光客が訪れました。
かつては新婚旅行のメッカ、若者たちのレジャーランド、本土からやってくる観光客の数が島の人口を上回った、そんな時代もありました。
そんな時代を少し私も経験しましたが、当時、島人たちはこぞって観光客相手の商売に精を出したものです。
とにかく、島のあちこちでたくさんの旅館、お土産ショップを見かけました。

もし今、当時の島の姿しか記憶にとどめていない人が島の観光の現状を観たら驚くでしょう。
夏のシーズンなどにはあれだけ多くの観光客が島中を闊歩していたのに、今やほとんど見かけないほど観光産業は衰退しています。
観光客誘致のための取り組みはユンヌンチュが島あげて一生懸命やっているとは思うものの、あまり大した効果も出ていないというのが正直なところでしょうか。

私は現在東京在住ですが(島を出てかれこれ30年)、いつだったか、行き着けの飲み屋で東京の飲み仲間から言われたことがあります。
「与論島を旅する旅費を考えたら、海外を旅するほうが絶対いいね」、「沖縄じゃなく、あえて与論島へ行く魅力は何かあるの?」と。
また、ある時は、東京に住む同郷の同級生からこんなことを言われました。
「子供を持つ親の身になると、教育問題があるのでずっと東京暮らしがいいね」と。
おそらく、東京はじめ都会暮らしをしている同級生の中には一生島へ戻らないと決めている人も多いでしょう。

私はこれまで、このブログで与論島再生のアイデアをあれこれ書いてきましたが、同じく東京に住む弟からこう言われました。
「兄貴のアイデアはいいアイデアかもしれないが、島では受け入れられないだろう。何せ、現状を変えたがらない、変えようとすると抵抗する保守的な人が多い島だからな」と。
弟の指摘は正しいと、率直に思います。
大酒飲んで酔っ払って語るだけは語るものの行動はしない、素面になると我が身かわいさに守りに入ってしまう、そんな体質があるように感じています。

与論島出身者は島以外の地に住んではいても、自分の故郷に郷愁の念を抱き、また誇りに思っているものです。
ただ、時々何かの折に帰省することはあっても、自分の生活や人生を考えて島に戻る選択をしない人もたくさんいます。
親兄弟姉妹などの肉親、あるいは親戚などが存命のうちは帰省先としてありがたい、でも知る人がいなくなったら何の未練もない、そんな考えの人だっているかもしれません。

与論島の美しい自然、それにひかれて多くの観光客が来島し島の財政が潤ったのは今や昔。
交通機関も発達し、インターネット上には情報もあふれ、海外旅行費もかつてよりぐんと安くなった時代、あえて与論島へ行くこの島が持っている魅力とは何なのか?
私が思うに、これからの与論島の魅力は、若い人たち、また島の未来を憂う人たちが中心になって創っていかなければならい、のではないかと。
黙っていても勝手に観光客が島にやってきた時代は終わりました。
「でーばー、さいえーばんぬまん(どうだい、酒でも飲もうか)」という習慣はやめて、真剣に島の未来のために島の魅力創りをする必要があるでしょう。
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# by yoronto | 2013-06-14 12:06 | 島の再生