我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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【与論島再生のアイデア(47)】観光客誘致の対象は、台湾、東南アジアか

今、日本の企業は、反日ムードの強い中国や韓国よりも親日ムードのある台湾や東南アジアなどへの進出を加速させています。
これは観光産業も同じで、国の機関や観光業界もこれらの地域への働きかけを強めています。
与論島の観光業の発展を考えるなら、この流れに乗るほうが賢明でしょう。

以前勤めていた会社で、上司から半分冗談で「お前の故郷は、東京より台湾のほうが近いんだから就職する場所は台湾がよかったんじゃないか」と言われたことがありました。
その時は、「あはは、そうかもしれないですねー」と笑い話にしましたが、しかし、真面目に考えてみれば、地理上の位置からすれば一考に値しそうです。

世界的にみれば、経済の活力はどんどんアジアにシフトしており、その結果アジア諸国はどんどん豊かになってきています。
国民の生活が潤えば、それに伴って海外旅行を楽しむ人も増えてきます。
日本の歴史を振り返ればわかります。

与論島の観光客誘致は、かつての観光ブームもあり、本土からの観光客誘致がメインだったかと思います。
しかし、残念ながら、海外旅行が格段に安くなって気軽に行ける時代の今、かつてのような本土からの観光客誘致は期待できないでしょう。
これに対し、台湾、東南アジアなどのアジアの国々からの観光客は期待できます。
距離的に近い台湾の人々などには、南国与論島の自然はかなり魅力的なはずです。
観光産業に関わっている方々は、アジア諸国の旅行会社への働きかけ、島内での受け入れ準備(外国語の習得含む)、情報発信などに取り組んでみてはいかがでしょうか。
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by yoronto | 2013-09-24 10:49 | 島の再生

与論島の各産業の将来を憂う

9月12日~9月19日までの1週間、与論島の実家に帰省していましたが、島に滞在期間中、島の隅々まで歩き回って現状を見ました。
いろんな場所の風景写真を撮ることを目的に数日間は朝から夕方まで歩き通しでした。
暑いこともあってか、島内を私のように歩いている人はめったに見かけませんでしたが、歩き回ったおかげで島のいろんな姿を十分見ることができました。

今回の帰省を通して率直に感じたことを一言でいうと、「与論島の各産業の将来はかなり厳しい」ということですね。
滞在期間中、観光地で観光客の姿を見かけることはほとんどなかったし、茶花の商店街はシャッターが閉まったままのいわゆるシャッター通りだし、干ばつのせいでサトウキビは枯れているし、稼働中の工事現場はほとんどないし。
サトウキビ畑を所有し、牛を何頭か飼っている親戚の人に聞いたところ、「現状の収入での生活は苦しく、TPPの影響でサトウキビがダメになるようなことになれば与論島全体が大変なことになる」とのことでした。

このブログで、これまでいくつも与論島の再生のアイデアを書いてきましたが、若い人たちがどんどん外へ出ていき、島民の高齢化がどんどん進んでいく現状においては、やはり、“若者、バカ者、よそ者”の力に期待するしかなさそうです。
帰省した折に、親からは「お前、島に帰ってくる気はないか」と言われたのですが、私は東京でまだやりたいことがあるためそれが成就するまでは帰る気になれません。
ただ、微力ながら、こういうブログなども活用しつつ今後とも島の外から島の発展を支援していきます。
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by yoronto | 2013-09-24 10:05 | 島の産業

【与論島再生のアイデア(46)】これからの与論島に似合うのは、ロハスとかスローライフとか

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最近読んで共感した本に次の二冊があります。
ぼくはお金を使わずに生きることにした』(マーク・ボイル著、紀伊国屋書店)
29歳のイギリス人の若者が1年間お金を使わず自然の中で生活した体験を記したもの。
彼の行動は世界中から大きな反響があり(同書は既に世界10数ヶ国で刊行)、人間はお金をそれほど持っていなくても、自然の恵みに感謝する心、謙虚に学ぶ姿勢、他人との良好な人間関係があれば豊かな生き方ができるということを教えてくれます。

僕たちは島で、未来を見ることにした』(株式会社巡の環著、木楽舎)
都会暮らしをしていた若者たちが都会的利便な環境を捨て、島根県の隠岐諸島にある人口2,300人の海士町に移住し生活した体験を記したもの。
悪戦苦闘しながらも島に溶け込んでいく彼らの姿、そしてそんな彼らを温かく見守り受け入れていく島の人々、“よそ者、若者、ばか者が地域を変える”というのがよくわかります。
同町は人口の1割以上が、Iターン、Uターンなどの移住者で占められているそうです。

これからの世の中には、ますますこういう人たちが増えていくでしょう。
これはもう必然といってもいいかもしれません。
地球、世界を取り巻く環境を考えてみればわかることです。
今、そしてこれから世界の人々の前にたちはだかる最大の問題は環境問題です。
環境問題は、自然破壊だけでなく、高齢人口の増加、食料不足、貧富の格差等いろんな事柄と密接に関係します。
これは人々のライフスタイルに大きな影響を与えます。
2011年3月11日の東日本大震災以降、原発汚染、全国各地での豪雨被害、猛暑・干ばつ、竜巻・台風被害等、手に負えない出来事が続いています。
こういうことが連続的に起きてくると、自分の中で“生きる”ということについて今まで以上に真剣に考える人が増えてくるような気がします。

私は、以前から与論島の今後のビジョンについて、次のフレーズに集約して打ち出しています。
自然と生きる、自然に生きる、魂の島
この意味するところについては、2011年9月21日付の記事「【与論島再生のアイデア(1)】我が故郷「与論島」再生のための100年ビジョン」 をご参照下さい。
島民の多くが今も昔も大事にしている自然や精神的なものは、これからも与論島の宝物として大事にしていくべきでしょうし、もしそこからはずれたものを選択しようとすれば必ずやしっぺ返しを食らい、うまくいかないことのほうが多いかもしれません。

そういうことを考えると、ライフスタイルという点では、与論島に似合うのは、ロハスやスローライフなのかなと思います。
私と近い世代の方や私より上の世代の方ならきっと経験があるかもしれませんが、子供の頃、野生の野イチゴを摘んで食べたり、みかんやグアバや桑の木から実をもいで食べたり、そんな楽しみがあったものです。
あるいは、手作りの竿やモリで魚を釣ったり、獲ったりしたこともあると思います。
残念ながら今の子供たちにはそんな場もないし、機会もなかなかないでしょう。
しかし、それでもまだ、今の与論島にはロハスやスローライフに合う環境があります。
島民の皆さん、今後移住を考えている島外の皆さん(島出身者含む)、こういう視点から自分のライフスタイルをつくっていってみてはいかがでしょうか。
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by yoronto | 2013-09-07 14:14 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(45)】土地、建物・施設の有効活用を考えるべき時がきた

私の実家はサトウキビ農家ですが、担い手は80代後半の父と同居する姉たちです。
島内に点在する農地はそれなりの広さがあるので、現在の担い手にとって、手入れや作物の収穫は負担になっています。
すぐ近所に親戚が住んでいますが、一人暮らしなので私の実家同様に農地の手入れや作物の収穫は大変だと思います。
私が子供の頃は各家庭にたくさんの子供たちがいたので家族全員で農業に携わり、現在に比べれば仕事はずいぶん楽だったのではないかと思います。
島の人口は減少一途のトレンドです。
現状ではかろうじて5,000人を超えていますが、日本の人口予測などをもとに考えれば、今後中長期的には4,000人、3,000人とさらに減少の一途をたどることも十分予想されます。
人口が減るというのは若い人が減ることを意味しますから、島民の平均年齢はどんどん高齢化します。

もし、そうなったらどうなるか。
島の産業を考えてみて下さい。
主要なものは、農業、漁業、観光業です。
農業や漁業はかなり重労働なので、高齢者には辛い仕事です。
私の父からは、「俺は体力の限界だから、田舎に帰って農業をやってくれないか」みたいなことを言われることがありますが、東京で長年サラリーマン生活を経験した私からみると、今の与論島の農業は効率が悪く、生産性も高くなく、それに面白くないし、儲からない仕事です。
だから、あまり積極的に今のままでの家業は継ぎたくないのです。

それに加え、もう一つ問題があります。
私の父は古い人間で自分なりの成功体験を持っているので、自分がやってきたやり方に固執しています。
もちろん、家族の生活を支える上で父の存在や頑張りが大きかったことは間違いありません。
ただ、時代が変わり、与論島を取り巻く環境が変わっていく中では、時代遅れの部分が出てきているのはたしかです。
これは私の実家だけの問題ではなく、島全体に共通する問題のような気がしています。
現状のやり方を良しとしてこのまま推移すれば、そのうち、高齢者は体力の限界で農業や漁業をやめざるをえなくなり、その結果、島のあちこちに耕作放棄地が増え、島の主要産業が衰退し、ますます島が寂れていくという最悪のシナリオになるかもしれません。

では、島を寂れさせないためにどうするか。
私は、島内の農地や建物・施設の有効活用を考えたほうがいいと思っています。
本土から与論島に移住したある方のブログに島の暮らしにかかる生活費の記事があったのですが、東京暮らしの私からすればビックリするほど高いものでした。
その方の記事には、余所の地域から来た人は土地や家がなかなか買えないし、賃貸物件も少なく、仕事もあまりないということが書かれていました。
私は以前から、島の活性化策として島外からの移住者を増やすべきと主張していますが、この方が書かれているような現状だと移住者はなかなか増えないでしょう。
一方で、今後高齢者が増え耕作放棄地が増えていくことが予想される状況においては、多くの無駄が発生してしまうことになります。
建物や施設も使われる頻度が少なければもったいことです。
たまに会合で使われるだけの公民館は建設費を考えれば有効活用されていないといえるでしょう。

仮に私が島の家業を継ぐことになったとして、好き勝手な行動が許してもらえるなら、土地を使って新しいビジネスを考えるかもしれません。
例えば、大きい土地であれば、適当に区画分けした上で月の土地利用料金を決め(月1~2万円とか)、契約者にはこの土地を自由に使っていい権利を与えるとか。
そうすれば、南の島暮らしに憧れている人がそこでキャンプ生活をするかもしれないし、自分で小さな小屋を建てて住むかもしれないし、そこに住みつつ何か仕事を始めるかもしれないし。
あるいは、何世帯か入居可能な小さな長屋を建てて入居者を募集するというアイデアとか。
自分だけのアイデアに限界がある場合は、これまでに培った人脈でいろんな人の力を借りることも考えます。
いずれにしろ、 「今までこうだったから、これからも同じようにやる」という考え方はしないつもりです。

私が住んでいる東京では、公共の建物・施設にアート作品が展示されている光景をよく見かけます。
地下通路の壁一面にいろんな団体の作品が並んでいる光景も見かけます。
島のあちこちにある公民館などにもそんな工夫をしてみてはどうでしょうか。
各家庭の不用品を売買するフリーマーケットを定期的に開催するというアイデアはどうでしょうか。
以前、沖永良部島の土地が中国人に買われていたことが国の安全上問題だとニュースになっていましたが、与論島の土地も耕作放棄地が増えればそうなる可能性があります。
何の使い道もなく何の益も生まない土地を買いたいという人が現れたら、生活が苦しい人ほどすぐ売りたくなるでしょう。
そういったことを考えると、先祖から受け継いだ土地だから後生大事にというのではなく、建てた建物や施設を稼働率が低いままにしておくのではなく、有効活用する方法を真剣に考える時がきていると思うのですが、いかがでしょうか?
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by yoronto | 2013-09-05 12:11 | 島の再生