我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
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自然の猛威と共存した、与論島の民のたくましい歴史

東京に20年以上住んでいて常に感じることですが、東京という大都会は自然災害にとても脆いですね、しくみも人々も。
東京にかぎらず大都市はいずこも同じなのでしょう。
与論島民は島に住んでいるかぎり誰でも経験しますが、与論島には毎年たくさんの台風がやってきます。
台風の通り道になっているような場所にあるのが与論島で、これはもう逃れられない宿命としか言いようがありません。
しかし、与論島の民はこれを自然のこととして受け止め、毎年何らかの被害は受けながらも、各家々では自分たちなりの備えをし対応してきました。

言ってみれば、与論島の民の歴史は、自然の猛威との共存でもあったと言えるでしょう。
そこには与論島の人々のたくましい生き方があります。
台風が東京にやってくる頃には勢力もだいぶ弱まっているのに、与論島を襲う台風は最大勢力ですからね。
否が応でも人々は強くなります、雑草のごとく。

弱い台風でも多くの被害を出す大都市に比べ、いろんな条件の違いはあるでしょうが、強い台風の直撃を受けても人的被害を含め、被害を少なめに抑えられる与論島はすごいなとつくづく感心します。
もちろん、自然災害はいつ何時起きるかわからないし、どれだけの規模のものが襲ってくるかわかりませんので、備えは常に重要です。

台風といえば、子供の頃、台風の影響を逆手にとった楽しみがありました。
その一つは、台風の翌朝、海岸に行って打ち上げれた魚を見つけることでした。
死んではいてもまだ新鮮なので、運よく見つけることができるとそれが食卓のご馳走になったものです。
それから、台風の時はよく停電が起きましたが、蝋燭を囲んで家族全員で食事する雰囲気も好きでした。
台風対策で家の戸を全部閉めてしまうので、停電になると家の中が真っ暗になりましたが、そんな中でラジオを聴くのも楽しかった思い出です。

3月11日の東日本大震災やかつての阪神・淡路大震災のことを思い浮かべながら、自然の猛威への畏怖と備え、そして逃れられない宿命との共存についてつらつら考える今日この頃です。

<台風の影響で破壊された海岸の堤防>
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<修復された堤防>
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by yoronto | 2011-10-20 14:34 | 島の歴史

【与論島再生のアイデア(12)】島民の知恵力アップのために、発明大会の開催を!

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与論島の発展のために、現状で何が足りないのだろうかと考えてみました。
そして、浮かんできたのがこれ。
知恵力”。
知恵力などという日本語はないので「知恵」と「力」を合わせてつくった造語なのですが、要するに、言いたいことは、知恵を力にしていくことが足りないのではないかと。

いろんな知識や情報は学校、ネット、他の場所や日常生活で得られるでしょう。
でも、それらの知識や情報をもとに考えを深め、それを知恵にし、そして何か役に立つもの(こと)を生み出していくことは難しいものです。
そのためには訓練が必要だし、機会が必要です。
日々淡々と過ごしていたのでは知恵だって出ないでしょうし、ましてや何かを成し遂げることなんてできないはずです。

「じゃ、お前にはその知恵力があるのか?」と切り返されたら、「あります!」と明言できるほど自信はないのですが、それでも、与論島を出て都会暮らしをし、その環境で揉まれ、いろんなことを経験してきたことで、与論島を客観的に見つめたり、与論島再生のためのアイデアを思い付いたり、そういう力が付いていることはたしかです。
実家の家族から聞いたことがありますが、与論島では島民からいろんなアイデアを募集する試みはやっているがなかなか出てこないのが現状だと。

そこで、私が考えたアイデアがこれです。
島民の知恵力アップのために

発明大会を開催する

島民の中には個人で発明に取り組んでいる人もいるでしょう。
それを一個人の取り組みとするのではなく、島上げての取り組みとするのです。
つまり、島活性化のしくみとして発明大会を定期的に企画し開催するのです。
参加者は老若男女誰でも可とし、いろんなテーマを設けます。
島内で応募者が少なければ、ヨロンマラソンのように参加者を島外からも募っていいかもしれません。

例えば、農作業を効率化するための器具や仕事のし方の発明、食卓を楽しくするための料理の発明、与論島をPRするための特産物の発明、高齢者や子供たちに生きがいを感じさせるイベントの発明、、、こういったアイデアを考えること自体が楽しいと思いませんか?
そうです、発明というのはその出発点からしてワクワクするものだし、それが成功して世に出ればなおさら喜びを感じるものなのです。

与論島の美しい自然を売りにするのもいいかもしれませんが、それではあまりにも主体性がありません。
それだけではそれこそ自然任せで、そこには人々の知恵や創意工夫は活かされません。
やっぱり、島に活力をもたらすには何らかの仕掛けが必要です。

“農業を楽しくさせるユニフォームのデザイン大会~優勝者には100万円!~”、なーんてね。
いかがでしょうか、発明を奨励する作戦で島民の知恵力をアップさせるというこのアイデアは?
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by yoronto | 2011-10-19 10:43 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(11)】地域自給、与論島は世の中をリードできるはずだ

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昨日(10/17)のNHKの番組『クローズアップ現代』をご覧になった方はいますでしょうか?
“自給力”~食とエネルギーを自給する暮らしの可能性~」というテーマで、今、都市での生活から脱し、地方に移住して、食とエネルギーを自給する暮らしを実現しようという人々が増えており、各地で開かれる移住説明会は盛況だそうで、実際に移住した人の生活を紹介していました。
これを聞いてピンときた方はいらっしゃいますか?
いえね、自慢気に言うわけじゃありませんが、これは私がこのブログで述べたことそのまんまなんです。
NHKが私のブログを参考にしたわけじゃないのでしょうが(笑)。

私は、9月28日付の記事で、「与論島が増やすべきは、観光客ではなく移住者だ」と主張しました。
まさに番組で取り上げられた人々のライフスタイルの流れに合致するものです。

また、10月2日付の記事では、「都会で住み続けている人、特に田舎を持たない人の中には、空気の美味しい、自然に囲まれた環境の良い土地で農業など一次産業に関わりながら暮らしたいと考えている人が少なからずいます」、「小さな畑でいいから自給自足ができる程度、あるいは少しばかり販売して現金収入が得られる程度でいい、と考えている人たちも多い」と言いました。
番組で紹介された地方移住者の生活はまさにそれを実践しているかのようでした。

そして、9月24日付の記事では、現在の世の中についてこんなことも言いました。
3月11日の東日本大震災以降、福島第一原発事故の発生以降、人々の意識の中に変化が生じています。
エネルギーは安心・安全なものに頼りたい、食べるものは安心・安全なものを食べたい、いつまでも健康であり続けたい、周囲や地域の人たちと一緒になって安心・安全な街づくりをしていきたい、、、人間が本能的に持っていたもともとの原点に戻っている、いや向かっているような気がしませんか?
その時に大事になるのは、人と人のつながりです

と。

偉そうなことを言うわけではありませんが、私は、与論島の皆さん、出身者や関係者の皆さんにこのブログを読んで、一緒に与論島のあるべき姿、今後目指すべき方向について考えてほしいと願っています。
メディアが報じるまでもなく、与論島で生まれ育ち、都会で長く暮らした経験を背景に持ちながら今の世の中を洞察すると、これまでブログで書いたような内容は自然に頭の中に浮かんできたのです。

番組の中で、評論家の内橋克人氏がこんなことを言っていました。
「地域自給と聞くと、なんか昔の懐かしい風景・光景を思い出し憧れるノスタルジーのようなイメージもあるが、今の人々の動きや意識の変化はそうでなく、時代を先取りした新しいものだ」と。
私もまったくその通りだと思っています。

番組で紹介された都会から熊本へ移住した家族は30代、40代が多いということでしたが、ある意味、自分の将来に不安を抱き、今のうちに何とかしたいという強い思いがそういうった行動をとらせたのかもしれません。
これまで、与論島再生のためのいろいろなアイデアを述べてきましたが、自然・環境に恵まれた与論島は地域自給の面でも世の中をリードできると信じています。
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by yoronto | 2011-10-18 11:46 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(10)】華僑、和僑のごとく“与僑”のネットワークを!

長期にわたり海外に居住する中国人およびその子孫によってつくられているネットワークを“華僑”と呼び、このネットワークによって世界で中国が大きな影響力を持っていることはよく知られています。
国によっては、華僑のネットワークがその国の政治経済を動かすまでの力を持っているところもあるほどです。
この中国人パワーにならい、日本人のネットワークを強めようと“和僑”なる言葉まで生まれています。

同じ民族のつながりというのは強い力を生み出します。
民族という大きなくくりでなくても、例えば、日本国内でも県人会など同じ郷土の人たちが集まって交流を深めネットワークをつくっています。
与論島出身者も同様のことはやっており、島外のあちこちで与論島出身者のつながりができています。
私が住んでいる東京にも正式な団体があり、また東京在住の同級生などの集まりはしばしばあります。

私はね、こういった島外の与論島出身者同士のネットワークは与論島の発展にとって大いに役立つと考えているんです。
そして、この島外のネットワークと島内のネットワークが連携すればさらなる効果が期待できます。
私は、こういう与論島出身者のネットワークを華僑、和僑にならい、 “与僑”と呼びたいと思います。
今はネットなど便利なツールも活用できるので(既に活用されていますが)、与僑のネットワークを拡大していけるでしょう。
今後の与論島の発展を考える時、この与僑のネットワークとパワーを大いに活かすことを考えたほうがいいかもしれません。
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by yoronto | 2011-10-17 08:34 | 島の再生

我が故郷与論島の若者よ、大志を抱け

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幕末の日本に風穴を開け、明治維新へと続く新生日本の礎をつくった坂本龍馬
「歴史上の好きな人物は誰か?」と聞かれ彼の名前を挙げる人は多いでしょう。
龍馬は故郷高知(土佐)の海岸“桂浜”に立ち、大海原の先を見つめながら日本の将来、世界への熱い思いを抱いたといいます。

与論島は周囲を海に囲まれ、島の周りには美しい海岸がたくさんありますが、果たしてどれだけの若者が、龍馬のように大海原の先を見つめながら高い志を抱いているでしょうか。
「あー、きれいだなー」で終わってしまっていないでしょうか。
自分で言うのも何ですが、私は島で暮らしていた頃、海岸から遠くのほうを見つめよくいろんなことを思ったものです。
「よし、島の学校を卒業したら都会へ出ていろんなことを学び、いつかは故郷に錦を飾れるぐらいの人間になろう」、とかね。

「島の暮らしは退屈だ、早く島を出よう」、「都会でお金を儲けて遊びたいから島を出るんだ」、「都会に出るチャンスがないから、島で細々と暮らすか」、、、そんなちっぽけな考えになっていませんか?
かく言う私も、若かった時の思いの実現には程遠い状況にあり、内心は忸怩たるものがあります。
しかし、何かを成し遂げるんだ故郷の発展に貢献するんだ、という志は失っていません。
私だけでなく、与論島出身者の中にはそういう思い、志を持っている人も多いはずです。
与論島の若者の皆さん、ぜひ大志を抱いて下さい、それが与論島の将来を明るいものにしてくれるでしょう。
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by yoronto | 2011-10-16 10:02 | 島の再生

生活は苦しくないか?、都会よりも高い与論島の物価

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私は東京・横浜にかれこれ25年以上住んでいます。
与論島で暮らしていた頃、都会に対するイメージの一つに“物価が高い”というのがありました。
だから、都会で生活するのは大変なんだと。
たしかに、何をするにもお金がかかるし、借家住まいだと毎月の家賃や水道光熱費もかかり大変なことは大変です。
持ち家でも長期間のローンを組んで買った人が多数です。
それに比べると、多くの人が自分の土地、家を持ち、ローンもなく日々暮らしている与論島の島民はある面で恵まれています。

ただ、私は帰省する度にお店に買い物に行くと驚くのです。
都会のお店に比べて商品の値段が高い。
ここで言っている商品の値段というのは、スーパーなどの小売店で売っている日用雑貨品や生鮮食料品の値段ですけどね。
まぁ、その多くが本土などからの輸入品なので、輸送経費などがかかりしょうがない面もあるのでしょうが。
とはいえ、都会のスーパーや安売り店に慣れてしまった私からみると、「えっ、これがこんなにするの?!」と思うことばかりなのです。

もちろん、地元産など商品によっては若干安いものもあるにはありますが、全体的には物価高の感は否めません。
私は都会で多くの商品に囲まれているので物の値段については敏感に反応しますが、競争の少ない、どのお店でも同じ商品ならあまり値段の差がない与論島の経済環境に慣れてしまった島民は、ひょっとしたら、高いとか安いとかの感覚があまりないのかもしれません。
このことで、例えば、与論島の人が島外に特産品などを売り込もうとした場合に値段設定のし方を間違ったりしないかと気になります。
あまり売れないような高い値段設定をしてしまったりとかね。

実家の家族に聞いてもそうですが、与論島の島民の個人所得は全国的にかなり低いはずです。
その反面、日常的に利用するお店で売られている物の値段が高いとなれば、どの家庭も生活は苦しいのではないかと想像するわけです。
私の親は、「なーに、いよいよお金がなくなったら、畑はあるのであとは自給自足生活で生き延びるさ」と苦笑交じりに言うのですが、島民の皆さんは、現状の物価、暮らしの現状をどう感じているのでしょうか?
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by yoronto | 2011-10-15 11:46 | 島の現状

与論献奉、過ぎたるはなお及ばざるが如し

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9月17日付の記事で、与論島に古くから伝わる酒飲みの儀式『与論献奉』について紹介しました。
これはある面で与論島をPRできる伝統儀式でもあります。
ただ、一方で、これを大義名分にして酒を浴びるほど飲むような慣習もあることから健康を害する人も多く問題にもなっています。
特に男性の間では何かにつけこの儀式が行われます。
島外でも与論島の関係者が集まるとよく行われます。
誰ともなく言い出すんですよね、「さー、与論献奉始めるぞ」と。

私は酒は好きなので飲む機会があるのは嬉しいのですが、でもやはり物事には何だって限度というものがあります。
健康問題に関わることであればなおさらです。

過ぎたるはなお及ばざるが如し

ということわざがあります。
意味は、「何事も度を越してはよくない。程々がよい」ということです。
節度を守ることは大事なことです。
与論献奉のいけないところは、酒を度を越して飲んでしまったり、相手に無理やり飲ませてしまう行為が見受けられることです。
これじゃ、健康的にも悪いし、無理やり飲まされたほうは楽しくありません。

私はかなりの酒好きなので、それこそ東京中の酒の名店を飲み歩いています。
飲み歩きの軌跡をブログで書いていますが、最近ではこのブログを店選びの参考にしている人もたくさんいます。
(ブログ:華麗なる新橋徘徊族
そんな私でも、度を越して飲んだり、他人に無理強いする飲み方はいただけません。
というか、そういう飲み方はやめてほしいのです。

前日泥酔するまで飲んだ人が仕事に出てくると、「お前、強いな~、あんなに飲んだのに!」と驚き相手に尊敬の眼差しを向ける人がいます。
でもね、そんなことは賞賛に値することじゃないんです。
仕事人が仕事をきちんとするのは当たり前のことです。
仕事には出てきたけど前日の酒のせいで午前中は頭が回らないとか、その日は仕事にならなかったなどというのは仕事人として失格です。
飲むなら飲むで翌日のことを考えながら翌日にひきずらない飲み方をすべきです。

私はけっこうハシゴ飲みをしますが、ほとんど翌日に残りません。
飲んでいる時もそれほど理性を失いません。
なぜかといえば、過去にたくさんの失敗を経験し、それを反省し、自分に合った飲み方を身につけたからです。
もちろんたまには酔っ払うこともありますけどね(笑)。
しかし、その時はその日は酔っ払ってもいいと決めてから飲んでいるんです。
翌日大事な用事がある時には決してそんな飲み方はしませんし、場合によってはお付き合いもしません。

与論献奉は与論島の大切な伝統儀式として残したほうがいいというのが私の考え方ではありますが、健康を害したり、他人に迷惑をかけるような儀式だけはやってほしくないというのが切なる願いです。
酒は楽しく、美味しく、そして程々に、それが基本ですね。
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by yoronto | 2011-10-14 10:50 | 島の現状

【与論島再生のアイデア(9)】日本の人口は減少、与論島の人口も減少、でも世界の人口は爆発的増加?

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9月に行われた与論町長選挙の際には、事前の公開討論会において候補者の口から、与論島の人口は20年後には4,000人(現在より約1,000人減少)に減るとの予測も出ているというお話が出ていました。
もし、こういう予測があるのなら、島のリーダーとしてはまず考えなければならないことがあります。
それは、“現状のまま成り行き任せにするのではなく、人口減少を食い止め、逆に増やすにはどうするか”を考えることです。
当然のことながら、各候補者はそのことについて考えているでしょうし、ご自身なりのアイデアも温めていることでしょう。

ただ、その際に留意しなければならないことがあります。
それは、従来の延長線上でその対策を考えないことです。
これは国の政策にも言えることですが。
今、日本の人口も将来的に減少するという予測が出ています。
しかも、高齢化はどんどん進行し、人口は減るのに構成年齢は上がる、このことは何を意味するかといえば、働きざかりの労働人口が減り、国の生産力、活力が低下していくということなのです。
政府はこのことへの懸念もあって、少子化対策などにも取り組み始めています。

ところで、世界に目を転じてみるとどうでしょうか?
最近発表された世界の人口データによれば、世界では今人口が爆発的に増えており、1999年に60億人だった人口は70億人に達したのだそうです。
つまり、国や地域によってはどんどん増加しているところがあるため、先進国など一部の国や地域で多少減ってもそれをずっと上回るスピードで世界全体で人口が増えているわけです。

ということは、そこから導き出される考え方は、与論島のリーダーといえど、島内事情や国内事情だけでなく、世界的視野で物事を考えなければならないということです。
いや、これはリーダーだけというより、ネットも普及していることだし、島民自身もできるかぎりその視点を持つ必要があるかもしれません。
例えば、英語などの外国語で与論島をPRするサイトをつくって世界に向けて与論島の情報を発信してはどうでしょうか?

南米エクアドルの沖合いに貴重な生物たちが生息することで有名なガラパゴス(諸島)という島があります。
世界的にもよく知られた島です。
この島の生物たちは、他の地から完全に隔絶されているがゆえに独自の進化を続けているとも言われています。
こういった生き物たちを見ようと、世界中からたくさんの人たちが訪れているのだとか。

日本のガラパゴス化」という表現が使われることがありますが、それは、日本国内だけでしか通用しないために世界では通用しないといった意味合いの時に使われます。
ガラパゴスの特徴である独自の進化を悪い意味として使っているわけですね。
でも、そもそものガラパゴスは今やその独自性、貴重な存在が注目されて人々の関心をひき、人々の足をこの地に向かわせているのです。

与論島にもガラパゴス的な面、独自の進化があってもいいと思うんです、他の南の島々とは違う。
たんに海・砂浜・自然が美しい南国の島というだけでなく、何かそこに“これが与論島!”という独自の何かがあってもいいと思うんです。

そのためのアイデアとして、私が以前に提言したのが、『自然と生きる、自然に生きる、“魂の島”』という今後与論島が目指すべきコンセプト(考え方)です。
(→詳細はこちら
島民がこのコンセプト(考え方)を意識しながら、日々生活し、何かをやっていく、そのうちにこの言葉の意味がすっと腹に落ちる日が来るのではないか、そう思っているのですがいかがでしょうか?
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by yoronto | 2011-10-13 11:51 | 島の再生

開発と自然を両立できるか、消えゆく与論島の植物たち

私が小さかった頃は、島の開発が進んでいなかったこともあり、島のあちこちにいろんな野生の植物が群生していました。
でも開発が進むにつれ、それらの植物たちは次第に姿を消してゆきました。
もはやその姿すら見かけなくなったものもあります。
失われた後で当時の島の風景を思い出し、「あー、あれが自然というものだったんだなぁ」と懐かしくもあり、悔しさもあり、そんな思いが込み上げてきます。

島の直物たちは、その存在自体が与論島の売りである自然の一部だと思うのです。
人々に収入をもたらし、それによって人々の生活を向上させるにはある程度の開発はやむをえないのでしょう。
しかし、与論島の自然が失われたら、与論島の良さも同時に失われていくような気がするんです。

最近の与論島の風景しか知らない人にはわからないでしょうが、何十年も前の与論島の風景を知っている人にとっては、「与論島の風景も変わったなぁ」と感じるはずです。
開発と自然保護、何とか両立できないものでしょうか?

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by yoronto | 2011-10-12 11:18 | 島の現状

【与論島再生のアイデア(8)】ヨロンマラソン、毎週開催してはどうか

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毎年、島内外からたくさんのランナーが参加して盛り上がっている島興しイベント“ヨロンマラソン”。
島外からの参加者の中には毎年この大会を楽しみにしている人がいると聞いたこともあり、与論島関係者としては本当に嬉しいかぎりです。
毎年このイベントを企画し盛り上げて下さっている関係者の努力の賜物でしょう。

ところで、このヨロンマラソンは年1回の開催ですが、私は島の活性化のために次のアイデアを提言します。

ヨロンマラソン、毎週開催してはどうか

ただし、現在のような大きな大会は従来通り年1回として、毎週開催するマラソンは島民が自分の体力づくりのために利用できる小マラソンとします。
スタート時間・場所、コースを決めておき、島民は自分が参加したい時に気軽に参加するというやり方です。
参加者が少数でも開催し、参加者がいない時や天候不良の場合は中止する、また、役場関係者の誰かがでスタートの時だけ担当し、あとは各自自由にゴールを目指す、途中棄権も自由、というようなお手軽な内容ではどうでしょうか。

私は現在東京に住んでいますが、東京では毎朝ジョギングをしている人をよく見かけます。
また皇居周辺はランニングコースとして多くの人が走っています。
こういう光景は毎日なのです。
何かの大会を目標にして走り続けている人もいるのでしょうが、多くの人は自分の体力づくりのために走っているのだと思います。

こういうところからヒントを得たのですが、日常の生活の中に体力づくりの運動を取り入れるため、ヨロンマラソンを活用してみてはどうだろうかということなのです。
そして体力に自信が持てたら年1回の本格的なヨロンマラソンに挑戦するというのもいいでしょう。
小さなヨロンマラソンは毎週が無理なら毎月という頻度でもいいかもしれません。

9月28日付の記事で、「与論島が増やすべきは、観光客ではなく移住者だ」と言いました。
もし移住者が増えたら、島で毎週こんなイベントがあったら人によっては参加したい人もいるでしょうし、それにその機会にいろんな人と出会うことで交流も深まりそうな気もするのです。
自分一人だけで孤独に黙々と走るより、こういう機会があれば島民同士の触れ合いにもなるし、体力づくりにもなるので、与論島を健康的な島にする上でも妙案ではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
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by yoronto | 2011-10-11 10:26 | 島の再生