我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
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<   2011年 09月 ( 27 )   > この月の画像一覧


幻想だけで南の島への移住を決めるなかれ、現実は厳しい!

憧れ”というのは人の心を突き動かすきっかけになります。
「ああいう場所で暮らしてみたい」、「ああいう人になりたい」、「ああいう生活がしてみたい」、「ああいう・・・」、そんな憧れを抱く人は多いでしょう。
そんな憧れの中に、「南の島に住んでみたい」という憧れを抱いている人もいるかもしれません。
それはそれで素晴らしいことだと思います。
私の郷里「与論島」に憧れて移住する人がいれば、地元出身者としては大歓迎です。

しかし、憧れの対極には現実というものもあります。
何の下調べもしないで移住してしまったら、現実の前でとまどうことが多いかもしれません。
例え十分な下調べ、準備をしてから移住をしたにしても、日々の生活の中で知らなかった現実に直面することも多いでしょう。
何事もそういうものだと思います。
ずいぶん前になりますが、2005年8月4日付の記事で、「都会人の幻想」について書きました。
与論島出身者の一人として、島の現実を知っていただくために書いたものです。

以前の記事でも何度か書いていますが、南の島は都会のように仕事がたくさんあるわけではないので仕事を見つけるのは大変だし、自分で始めるにしてもかなり大変です。
年間所得も全国の中では低いので、都会生活で得た収入以上のものを期待するのは無理だし、それどころか大幅ダウンを覚悟したほうがいいでしょう。
私の実家はサトウキビ農家ですが、サトウキビによる昨年1年間の年収はたった50万円だったそうです。
現在5人家族で暮らしているのでそれだけでは生活費をまかなえるわけはなく、ちょっとした兼業による収入と年老いた両親の年金、そして貯蓄を充てて何とかやりくりしているのが現状です。

また、人間関係も都会とは違います。
都会では他人からの干渉を避けたいと思えば避けられるし、適度な距離感を持って付き合いたければそれもできます。
しかし、南の小さな島ではそれもなかなか難しいものがあります。
自ら人間関係づくりをすべく努力しなければ親密な関係はできないし、親密になったらなったで必要以上にベタベタした関係になり時には煩わしく感じることもあります。

そして、南の島では都会のような生活上の利便性はまったく望めません。
与論島には24時間営業のコンビニはないし、お店も早い時間帯に閉まるところがほとんどです。
徒歩や自転車などでも移動は可能ですが、やはり自前の車やバイクがないと何かと不便です。
繁華街周辺に住んでいない人にとっては、買い物へ行くには車やバイクがあると便利ですからね。
とにかく、お金があれば欲しいものが手に入れられる、いろんなサービスが受けられる都会暮らしに慣れた人の目には、島には何もないように映るでしょう。

島での生計の目途が立たず、人間関係がうまくできず、島の生活の不便さに耐えられず、再び都会暮らしに戻っていく人もいるのが現実です。
中には、島では別荘暮らしをし、都会暮らしと使い分けている人もいるみたいですがね。
都会での生活がうまくいかないから島へ移住しよう、楽しい余生を過ごすために島へ移住しよう、といった安易な考え方で移住することは賢明ではありません。
移住するなら、しっかりした下調べ、準備をし、覚悟を持つべきです。
自分の本気度を確かめるために、例えば、最初は観光で訪れ、次にしばらく滞在してみる、といったステップを踏んでみるのもいいかもしれません。

自分の郷里に誇りを持つ人はたくさんいます。
それが自分が生まれ育った故郷というものだと思います。
私もそうですが、自分の郷里をいいところだと誇りを持っている人ほど、他人に自慢したくなるし、郷里発展のためにPRもしたくなるものです。
郷里が衰退へ向かえば向かうほど何とかしたいという思いを抱くのも自然なことです。
私がこのブログを始めたのもそんな思いからです。
しかし、これはその地で生まれ育った人が自然に身につけた思考なので、余所の地、特に都会から南の島への移住を考え始めた時は、プラス面、マイナス面、両方を十分検討した上で決断したほうがいいでしょう。
もちろん、一旦住んでみてどうしてもなじめなかったら再び元の場所へ戻るという選択肢もあるでしょうが。
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by yoronto | 2011-09-30 10:16 | 島の現状

女性の社会進出?、与論島にそんな言葉はない

<サトウキビ収穫作業の風景>
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私の都会暮らしも25年以上になりますが、都会で暮らし始めて以来違和感を感じる言葉があります。
それは、“女性の社会進出”という言葉。
どうやら、従来、結婚したら家庭に入って専業主婦となり、子供ができたら子育てに専念し、といった感じの世の中の風潮の中で生きてきた女性たちが、自分の価値観を重視し、結婚しても子供ができても仕事を捨てず、あるいは独身で仕事に邁進し、みたいな流れになってきた傾向をいうようですね。

でもね、私から言わせると、これはたんに都会の人々の生活スタイルの変化のことだけをさしているに過ぎないと思うんです。
だって、田舎では昔っから女性は常に労働の貴重な戦力であったし、結婚して家庭で専業主婦だけやっている人はむしろあまりいなかったのですから。
もちろん、背景には田舎特有の産業構造の問題(第一次産業の比率が高いとか)もありますし、都会生活者に比べ所得が少ないので男女ともに働かざるをえないという事情もあるでしょう。

与論島にはサトウキビ農家が多いのですが、サトウキビの収穫作業は家族総出で行います。
だから、大人も子供も男性も女性も関係ありません。
国が打ち出している「男女共同参画型社会の実現」などという方針は、与論島のような田舎にはなじまないものかもしれません。
そりゃ、例えば、島民が集う宴席などの際に女性が宴席にはあまり顔を出さず、料理を作ったり・出したり、洗い場を担当したりと裏方に徹することはよくあります。
しかし、これだけを持って女性の地位が低いというわけではなく、実はそれこそ裏では女性のほうが力を持って男性を動かしていることはよくあるんです。
私の父と母の関係を見ているだけでもつくづくそう感じます。

思い起こしてみると、島の小学校、中学校、高校に通っていた頃、同級生の女性たちがやたら強かったような記憶があります。
性格的に気の弱かった私なんてよくやり込められたものです(笑)。
学校の成績も女性のほうがよかったですしね。
女性が男性と互角の存在だった与論島というところだからこそ、女性も自然に強くたくましく成長したのでしょう。
与論島の人々のこの生き方は、世の中に誇れるものかもしれません。
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by yoronto | 2011-09-29 09:18 | 島の人々

与論島が増やすべきは、観光客ではなく移住者だ

<与論町長選公開討論会の模様>


昨日、さる9月4日に実施された与論町長選に先立って開催された「与論町長選公開討論会」をYoutubeで観ました。
現職町長と挑戦者1名による一騎打ちの論戦でしたが、二人の候補者のお考えを聞きながら、率直に感じたのは、残念ながら、「将来展望(夢)がない」、「現状を良い方向へ変えていく具体案が何もない」ということでした。
郷里の大先輩お二人を前にしておこがましいことを言うようですが、この公開討論会の内容を聞いて、果たしてどれだけの島民が、地元出身者が与論島の未来に明るさを感じることができたでしょうか。
少なくとも私はほとんど、いやまったく感じることができませんでした。

国政上の懸案事項になっているTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)には絶対反対するんだ、空港を拡張し整備しよう、役場庁舎のあり方を検討しよう、牛の糞尿問題への対応が必要だ、漁港の整備が重要だ、もっと観光客を増やすべく対策を講じよう、などなど。
また、討論の中で将来的には与論島の人口が4,000人にまで減少するという国の予測データも取り上げられました。

与論島の産業を取り巻く厳しい現実の認識、将来人口が減っていくことへの対策、そういうことに対する根本的な議論なくして、その上に立った長期ビジョンなくして、島民は与論島の明るい未来を感じることはできないのではないでしょうか。
現状認識ができるなら、TPPには表向き反対しながらも、日本が受け入れた時の場合を想定し次の一手を考えておくのがリーダーの役割です。

以前から懸念されていたことではありますが、保護行政で守られているものが衰退の一途をたどるのは歴史の必然です。
現在島の農業の主な作物であるサトウキビについても、次の作物を模索する必要があるでしょう。
企業誘致の話も出ていましたが、自然を売りにしている与論島にあって、景観を壊すことにつながる企業誘致は賢明な選択とは思えません。

観光客を増やしたいという話は両候補者から出ていましたが、私に言わせりゃ、これはまさに従来型の発想から抜け出せないことの証です。
ズバリ申し上げます。
今後与論島が増やすべきは、与論島で暮らしたいと希望を抱いてやって来る移住者です。 

移住者を増やすためには、住みやすい町づくりが必要になります。
そのためには、自然を守る取り組みが必要になるし、“安心・安全”のための医療、防災面の充実化も必要です。
移住者が増えれば、島の人口減少を食い止め逆に島の活性化につながります。
短期間でもたらされる利益ばかり重視し、観光施設整備にお金をかけるのはまったくの無駄です。
施設など造らず、自然のままを観てもらえばいいのです。

移住者は観光を楽しむためにやって来る人ではないので、自分が実際に住む町を自分自身で良くしたいという思いを持ちます。
人々との交流を望みます。
自分たちが持っている知恵やノウハウを島発展のために使ってくれます。
観光で来島する時は旅費が高いと感じますが、住むとなればその感覚はなくなります。

移住者は何も日本に限定する必要はないでしょう。
アメリカ、ヨーロッパ、アジア、アフリカの国々、世界中から受け入れてよいでしょう。
ただし、やみくもに受け入れて島民の暮らしや島の文化や自然を破壊されてはいけないので、「与論島のビジョンに共鳴できる人」、「島の発展に役立てられる何かを持っている人」、「排他的ではなく、人に優しく寛容的になれる人」など、ある条件を満たした人だけを受け入れるようにすればいいかもしれません。
そうやっていろんな人が集まれば、未来の与論島づくりにいろんなアイデア、知恵が出てくる島の新たな文化ができるような気がします。

企業誘致ではなく、例えば、与論島を自然の宝庫にし、いろんな自然が研究できる一大拠点にするというのはどうでしょうか。
それこそ周囲を海に囲まれているわけですから、海洋研究のための施設はあってもいいかもしれません。
「与論島へ行けば海洋の研究ができる」ということで、日本中から世界中から人がやって来ると面白いかもしれません。
リゾート地で売り出すより、こっちのほうが断然面白いと思うのは私だけでしょうか。

自然の植物を増やし、いろんな植物を使った食べ物、料理を楽しめる工房を造ってみてはどうでしょうか。
農家はサトウキビではなく各々自分のアイデアでいろんな植物を栽培し、それを工房が買い取って、それを使った食べ物、料理を考案し、その中から与論島の名産品を産み出していくというアイデア。
この考え方は植物だけでなく他のものにも応用できると思います。
そんな面白いことをやっている島だったら、多くの人が関心を持ち、中には移住したいと思う人も出てくるのではないでしょうか。

9月21日付の記事で、私が考える“我が故郷「与論島」再生のための100年ビジョン”を提言しました。

自然と生きる、自然に生きる、“魂の島”

このコンセプトで町づくりを行っていく、そしてそのコンセプトに共鳴してくれる人々を受け入れていく、これが与論島の未来につながるのではないかと信じています。
これは一与論島出身者のアイデアに過ぎませんので、これを一つの材料に、与論島の将来ビジョンについて議論が盛んになればと思うのであります。
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by yoronto | 2011-09-28 12:21 | 島の再生

島外の与論島出身者は、全員が与論島PR大使だ

私は現在東京在住ですが、このブログに限らず、とにかくあちこちで郷里「与論島」をPRしまくっています。
例えば、与論島関連をテーマにしているわけではない次のような他のブログでも、自分のハンドルネーム(ネット上のニックネーム)を“ヨロン”と自称することで間接的に与論島をPRしています。

ビジネスピープル共和国

華麗なる新橋徘徊族 

SNSのmixiでは、次のコミュニティも運営しています。

与論島出身者友の会

また、趣味の飲み歩きでは、好きな街「新橋」で多くの飲み人たちから“ヨロン”という呼び方をされていて、こんなところでも与論島のPRに努めています。(→関連記事

思うに、島外の与論島出身者は、全員が与論島PR大使でしょう。
日頃より与論島をPRしている人は他にもたくさんいると思います。
与論島のPRは何も現在島に住んでいる人だけがすることではなく、島を離れている人も大いにすべきことです。

与論島出身者、関係者であれば、自分の郷里、愛する島が有名になり発展することは嬉しいはずだし、そのためには個々人でもできることはあるんです。
誰でも気軽にできるのが、自分ができる方法で与論島をPRすることです。
与論島出身者、与論島を愛する皆さん、与論島をどんどんPRし売り出そうではありませんか。
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by yoronto | 2011-09-27 12:15 | 島の再生

海洋資源を守らなければ、与論島の明日はない

私が与論島で暮らしていた頃、海に行くとたくさんの海の幸が獲れたものです。
現在のように近代的な漁法が発達していなかった頃は、大人も子供も原始的なやり方で各々が海の幸を収穫したものです。
その時代、家々の食卓には自分んちで獲った新鮮な魚介類の料理が並んだものでした。

しかし、設備の整った漁船などを駆使して近代的な漁をするようになった結果、かつては豊富だった与論島の海洋資源もどんどん少なくなっていきました。
年老いた今なお昔ながらのやり方で漁をしている親父が言うには、もう昔のようにいろんな海の幸が大漁に獲れることはなくなったとのこと。

私は帰省する度に必ず島のスーパーへ立ち寄ります。
それは、私が大好きな魚介類の食材を調達するためです。
しかし、残念ながら、東京のスーパーに長年慣れた私の目に映るのは、あまりにも貧弱(品薄)な鮮魚コーナーの商品棚です。
子供の頃あんなに美味しく食べた魚たちはどこへ行ってしまったのでしょうか。

海洋資源の枯渇、そんな不安がふと頭の中をよぎりました。
与論島は小さな島ですが、その代わり周囲を海で囲まれているので昔から海の幸には恵まれてきました。
そう、海洋資源に恵まれた島、それが与論島なのです。
それは今でも変わりません。
ただ、漁師の目から見ても、スーパーの商品棚を見ても、海洋資源がどんどん減っていっていることは誰の目にも明らかです。

与論島で生きる人々にとって、海洋資源の枯渇は死活問題です。
海洋資源を守らなければ、与論島の明日はないでしょう。
現状の問題ははっきりしているのです。
手遅れにならないうちに、与論島の海洋資源を守る方法、取り戻す方法を考えて対策を講じるべきではないでしょうか。
養殖?、漁場の再生?、海岸や砂浜の美化?、知恵を出し合えばいろいろアイデアは出てくるはずです。

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by yoronto | 2011-09-26 09:07 | 島の再生

与論島の特徴って何?、与論島の魅力って何?

2009年12月20日付の記事にて、国土交通省主催で開催された島興しイベント『アイランダー2009』(会場:東京・池袋サンシャインシティ)を見学したことを書きました。
与論島も出展したイベントです。
北は北海道から南は沖縄まで、たくさんの島々が出展し各々ブースで一生懸命PRを行っていました。

見学をしての率直な感想です。
与論島の特徴って何?、与論島の魅力って何?、、、うーむ、いまいちわからないということでした。
郷里の諸先輩方が一生懸命頑張っていたのに申し訳ない印象ではありますが、会場を回って他の島々のブースを見た上での感想です。
どこの島も特産品を並べ、地酒などの飲料を置き、パンフレットを配りながらPRしている、そんな中で自分たちの島の特徴や魅力を訴えるのは難しかったのかなとも思います。
おそらく、ブース運営にあたった地元の関係者も同じことを感じたかもしれません。

島に憧れる人はたくさんいます。
島の文化、風景、雰囲気、そこに住む人々が好きで島へ旅行する人も多いし、中には特定のお気に入りの島があるという人もいます。
ただ、日本には実にたくさんの島があります。
与論島の周辺にもいろんな島があります。
そんな状況下で与論島に魅力を感じてもらうには、そうとうな創意工夫が必要です。
他と同じことをやっていては与論島の特徴や魅力はなかなか伝えられないでしょう。

井の中の蛙、大海を知らず』ということわざがあります。
井戸の中という狭い世界しか知らない蛙は、井戸の外に大海という大きな世界が広がっていることを知らない、だから自分たちのいるところだけが世界のすべてだと思い込んでしまうということです。
与論島の中だけで限られた情報だけをもとに考えて、「よし、これはいいアイデアだ!。絶対いけるはずだ!」と思って何かをやってみても、世の中からみれば、それは既に多くの人がやっていることであり、何の新しさも面白みもないということだってあるわけです。

そうならないためには、常に情報に対するアンテナの感度を良くし、世の中の動きをウォッチすることが重要です。
私も郷里の発展のことを考え、自分なりにできることとしてこういうブログをやっています。
与論島の発展・活性化のためには、現在島で暮らしている人以外にも、島外で暮らす郷里出身者や与論島ファンの人が力を合わせて、情報交換をし、意見交換をし、それぞれが情報発信をし盛り上げていく必要があるかもしれません。

<アイランダー2009の模様>
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<与論島のブース>
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by yoronto | 2011-09-25 14:43 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(2)-2】(続)大都市にアンテナショップをつくってはどうか

昨日の記事で、与論島再生のアイデアとして、「大都市にアンテナショップをつくってはどうか」と書きました。
これだけだと、「ありきたりなアイデアだ」と受け止める人もいるでしょうから、じゃ、「どんなアンテナショップをつくれば効果的か」についてさらにアイデアを出したいと思います。

私は東京在住ですが、さすがに日本の首都であり最大の人口都市だけあって、たくさんの自治体がアンテナショップを出しています。
北海道や沖縄のような観光地として人気のある地のアンテナショップは賑わっています。
また、元宮崎県知事の東国原氏が知事だった頃は、彼の知名度を活かして積極的に宮崎県を売り込んだ結果、一時期宮崎県のアンテナショップがかなり賑わっていました。

ただ、いろんな自治体のアンテナショップを観察してきたかぎりにおいては、観光地として人気の高い北海道や沖縄、あるいは何かで話題になった自治体を除けば、総じてアンテナショップの集客はいまいちといったところです。
まだ、郷土料理を食べられる飲食店のほうが賑わっています。
実際各アンテナショップへ行ってみると、地元の特産物やパンフレットを陳列しただけ、また店員も積極的な売り込みをしていないという印象、なおかつ特産物もけっこう高いのであまり買う気がしない、という感じなのです。
どこの自治体のアンテナショップも横並びなんですよね。

そこで、私のアイデアをはこうです。
従来型のアンテナショップではなく、気軽にくつろげるカフェや居酒屋・バー・立ち飲みのようなお店形式にし、それでいて、さりげなく特産物や島の話題をPRできる場をつくるというものです。

このアイデアは、私の趣味である飲み歩きの経験からきています。
私の飲み歩きは徹底しており、都内中の下町酒場の名店、そして新橋の酒場をかなり飲み歩きました。
自分で言うのも何なんですが、TVのサラリーマンインタビューの場面でよく出てくる新橋においては、飲み人“ヨロン”(新橋の夜の世界では呼ばれている私の名前)の名はけっこう知れ渡っています。
私と出会って与論島を、与論島の人間を知った人は多いかもしれません。
私の飲み歩き遍歴を以下のブログでお伝えしています。
華麗なる新橋徘徊族』。

カフェや居酒屋・バー・立ち飲みというところは面白いもので、いい雰囲気のお店は噂が広まり人が集まってきます。
お店の人がいい人、面白い人で、常連さんもいい人が多くて、飲みものや料理が美味しければ、どんどん評判になりぞくぞく人が集まってきます。
そういう場所は、情報の一大集積場所になり、また情報の一大発信場所になります。
取材するメディアも増え、個人も自分のブログを使って情報を発信するようになります。

従来型のアンテナショップであれば、買いものをする程度でしょうから、まぁ、メディア的にもそんなに関心はないでしょうし、個人だって自分のブログでPRしたいとも思わないでしょう。
しかし、カフェや居酒屋・バー・立ち飲みなら違います。
そこが人が集う場であり、人同士の交流が生まれ、日々動的な感じで面白いとなれば、メディア的には面白いし、ブログのネタとしても使いやすくなります。

私の新橋の行き着けのお店の中に、広島の地酒の蔵元が東京市場の情報を得るためにつくった立ち飲みスタイルのアンテナショップがあります。
店主はこの蔵元の社員ですが、このお店は広島県人の間ではよく知られたお店らしく、広島関係者がよく集います。
広島の地酒や名物料理が体験できるという情報を知り訪れるお客さんもたくさんいます。

また、別の新橋の行き着けのお店の中には、ふらっと遊びに立ち寄る感覚で来店するのを歓迎しているスタンディングのお店があります。
ここでは、飲みものはコーヒー、ワイン、ビールなどが置かれ、簡単な軽食などもできます。
店内にはベンチやイスが置いてあり、座ることもできますし、いろんな情報紙が置いてあるので手にとって読むこともできます。
店長が言うには、「別に飲まなくても、食事しなくてもいいんです。ふらっと立ち寄ってここで時間を過ごしてくれるだけでもいいんです」とのこと。

人気のカフェや居酒屋・バー・立ち飲みのコツを応用したアンテナショップ、これならただPRのためにコストをかけるより収益も上げられるので一石二鳥、そんなイメージです。
実は、飲食店をアンテナショップにしている自治体は既に存在します。
店員さんは地元から出向してきている人たちです。
しかし、そういうところを利用した印象でいうと、店員さんたちは本格的な飲食商売の経験者じゃないのであまり商売上手ではなく、ファンを増やそうという意気込みも感じられず、何となく義務的に運営している感じです。
これでは思ったほど効果が出ないのは当然です。

アンテナショップ成功の秘訣は、差別化です。
既存の他の自治体のアンテナショップを真似てもまったく意味がありません。
与論島のアンテナショップは面白いな~!」、「与論島のアンテナショップへ行くとワクワクするな~!」、そういった感覚になってもらうのが目指すところです。
ハイビスカスのお茶でも飲みながら、地酒の“有泉”でも飲みながらくつろげ、人と人の交流もでき、時には三味線の音色を楽しむ、そして、店内で流れる与論島の良さを伝えるビデオの映像を眺め、店内に置かれた特産物や情報誌を手にとる、、、そんな場所が理想的かなと思います。
こんな私のアイデア、いかがでしょうか?

<新橋のある立ち飲み屋さんの風景:初めて会った人同士が飲みの勢いですぐ仲良くなります>
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by yoronto | 2011-09-24 12:24 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(2)-1】大都市にアンテナショップをつくってはどうか

私はお酒が好きで飲む機会が多いのですが、入ったお店のメニューに地酒の『有泉』(ゆうせん)があるのを見つけるとつい嬉しくなります。
同郷の友人の中には、地酒を取り揃えたお店をやっている人もおり、そういうお店で飲むと地元に帰ったようなくつろいだ気分になります。

私は現在東京に住んでいるのですが、日頃思うのは、東京に与論島のいろんなものを紹介する「アンテナショップ」があればいいのになぁということです。
他の市町村のアンテナショップを見かける度にそう思います。

ネットを通して与論島の情報はいくらでも得られるかもしれません。
ただ、それはあくまでもネット上のことであって“体感”ができないんです。
お店で地酒を飲める、あるいはどこかのお店で与論島産の品物を買えたとしても、それはほんの一部分を感じられるだけあって、与論島全体を体感できるわけじゃないんですよね。

私は、自分であちこちの自治体のアンテナショップを利用したことがあるので、体感することでその自治体への印象が広がるのを実感しています。
その地ならではのいろんな特産物を手に取ることができ、あるいはその場所でその地ならではの料理を体験できたり、その他いろんなものを見て触れて感じることができる、この影響は大きいものです。

アンテナショップの運営は地元関係者がやっているので、お客さんの反応を直接肌で感じることができるでしょう。
その経験は、おそらく、地元のPRや活性化策を考える上で役立つものと思います。
ネットや映像ではなく、実物に多くの人たちが接することで、それまで与論島のことをあまり知らなかった人への訴求効果もあるような気がします。

詩人・石川啄木の歌集『一握の砂』の中に、「ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく」という一節がありますが、これは、岩手出身の啄木が故郷の訛り混じりの言葉を聞ける上野駅へしばしば足を運んだ心境を詠んだものです。
これは田舎を離れ遠くの地で暮らす人たちに共通する郷愁の念でありましょう。

そんな立派なものでなくても(お金をかけなくても)、東京などの大都市に与論島のアンテナショップがあれば、ゆかりのある人たちは懐かしさを感じたくてやってくるでしょうし、また、島の良さをうまく伝えることができれば与論島ファンを増やすこともできるはずです。
アンテナショップなので、島から発信したいことをタイムリーに発信できる場としても活用できます。
与論町の首長はじめ行政に携わる皆さん、与論島の皆さん、このアイデア、検討してみてはいかがでしょうか。
きっと、島外で暮らす関係者の皆さんも応援してくれるでしょう。

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by yoronto | 2011-09-23 12:44 | 島の再生

与論島の島民はとにかく現金収入が欲しい

本土で暮らしていた与論島出身者が島で暮らすことを決めて帰る時、あるいは本土在住者が与論島へ移住する時にもっとも気になるのが、現金収入が得られる仕事が見つかるかどうかということです。
時々、島の実家の家族と電話で話しをするのですが、実家の家族が口々に言うのが、「現在の与論島には仕事がなくて島民は困っている」ということ。

与論島の基幹産業は、農業、漁業、観光業ですが、いずれの産業もそれほど潤っていないのが現状でしょう。
農業の中心を占めるサトウキビは国の保護産業だし、漁業は大した漁獲量ではないし、観光業はかつての与論島ブームを境に年々厳しさを増す一方です。

そういった状況の中で、与論島の島民がもっとも願っていることは、現金収入が得られる仕事がしたいということでしょう。
何せお金がないと欲しい物も買えないし、それに、都会の学校へ進学する子供たちの学費や生活費が確保できません。
与論島は全国各地に比べ年間所得が低いので、家庭から一人の子供を島外の学校へ進学させるというのは本当に大変なことなのです。

私の実家はサトウキビ収入で生計の主な部分を担っていますが、それだけでは足りずに、牛を1、2頭育ててそれを売ることで現金収入の足しにしています。
ちょっとした副業といったところでしょうか。

チャレンジ精神のある人は、サトウキビよりも儲かる他の作物の栽培をしたり、他の商売に手を出したりしています。
とはいえ、人口5,000人程度の小さな島では購買力も大したことはないし、島外に販路を見つけるのも容易ではありません。
そういう点で、多くの島民が日々悪戦苦闘しながら生きているのかもしれません。

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by yoronto | 2011-09-22 10:23 | 島の人々

【与論島再生のアイデア(1)】我が故郷「与論島」再生のための100年ビジョン

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8月26日付の記事で、与論島出身者として島外から島の現状をみて思うことを書きました。
その中で、与論島が今後目指すべき方向として、「与論島を世界中の高齢化社会の手本になるような“魂の島”と位置付け、モノは十分ではないかもしれないが人間の触れ合いやココロの満足度は世界一」というのではどうかと述べました。

この考え方を踏まえつつ、『与論島再生のための100年ビジョン』を考え付きました。
それがこれです。

自然と生きる、自然に生きる、“魂の島”

3月11日に起きた東日本大震災、それよって引き起こされた福島第一原発事故によって、人々の意識は大きく変化し始めました。
生命の危機”、極端なことを言えば“人類滅亡の危機”への恐れ、日々の暮らしにおける“安心、安全”に対する強い欲求、そんな方向への意識の変化。

与論島はもともと持っていた良さを取り戻すことができれば、時代の先取りをできるかもしれません。
自然をそれこそ自然に受け入れてきた生き方、人と人の絆を大切にする生き方、与論島の人々が大事にしてきたことです。

自然と生きるというのは、人間は自然の中で生かされている生き物の一つにすぎないという考えを持ち、自然の恵みに感謝しながら自然と共生していくということです。

自然に生きるというのは、利便性を追求するだけの生き方や競争に追われて自分が望む生き方ができない生き方をやめ、ある程度の不便さは享受しながら自分にとっての自然な生き方をするということです。

魂の島というのは、先祖や年長者を敬い、親子関係や家族を大事にし、人間の精神の根源である“魂”に対し畏敬の念を抱く人が住む島ということです。

このビジョンにそって具体的に何をしていくかは、このビジョンを共有した上で、そのためには何をするのか、何ができるのかについて、知恵や意見を出し合い、やることが決まったらお互いが協力し合って実現に向けて努力することが必要になるでしょう。
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by yoronto | 2011-09-21 12:20 | 島の再生