我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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<   2006年 09月 ( 11 )   > この月の画像一覧


ヨロンマラソン

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与論島には、年に1回の大イベントがあります。
そのイベントの名は、“ヨロンマラソン”。
このマラソン大会には島外の人もエントリーできます。
歴代の優勝者には島外の人もたくさんいます。
マラソン好きのそこのあなた、与論島の美しい海岸風景を眺めながら走ってみませんか?
えっ、私ですか?
私は小学生の頃から長距離を走る競技が大の苦手で、ヨロンマラソンに出場しようもんなら、
きっとスタート時点でリタイアしてしまうことでしょう。
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by yoronto | 2006-09-27 00:26 | 島の見所

与論島がギリシャになった

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与論島のパルテノン神殿?
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与論中学校の体育館

与論島は、1984年(昭和59年)にギリシャのミコノス島と姉妹都市の協定を締結しました。
ミコノス島は“エーゲ海に浮かぶ宝石”と称される美しい島です。
与論島も“東洋に浮かぶ真珠”と称される自然豊かな島です。
そういう点ではお似合いのカップルといったところでしょうか。
与論島にはギリシャ建築風の白い建物が目立ちます。
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by yoronto | 2006-09-24 10:41 | 島の見所

海岸で朝を迎える至福

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与論島の朝は「Oh!Beautiful!」の世界が広がっています。
心が洗われます。癒されます。
地平線から昇る朝日が神々しく見えます。
与論島へ旅する機会があったら、早朝海岸へ行き、ぜひ日の出の風景を眺めてほしいですね。
ただただボーッとしながら。
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by yoronto | 2006-09-23 08:33 | 島の見所

ドラゴンフルーツで一儲け?

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与論島では、亜熱帯気候を利用してフルーツ栽培で一儲けしようと考えている人たちがいます。
2週間前に帰省した際には、いつの間にできたのやらマンゴー畑なるものも見かけました。
特に、スーパーなどでよく見かけたのは“ドラゴンフルーツ”でした。
試しに数個買ってきて食べてみたのですが、味はうーん。。。
与論島へ行かれた際にはお一ついかが?
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by yoronto | 2006-09-21 23:24 | 島の産業

船だけが移動手段だった

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与論島には空港があります。
毎日、鹿児島、那覇空港から来島する人を乗せ飛行機がやってきます。
私は今東京に住んでいますが、実家に帰省する際は、那覇経由か鹿児島経由で帰っています。
飛行機に乗っている時間は正味3時間ぐらいです。
本土から遠く離れた離島に住んでいる人たちにとっては、空港ができたことの恩恵はそれはもう大変なものです。

私がまだ小さかった頃、島に空港はありませんでした。
その当時の移動手段といえば、船(フェリー)だけでした。
貧しい時代でした。
中学を卒業した姉が島を出て本土に集団就職していく姿を桟橋に立って見送った記憶があります。
もの悲しいドラの音、出て行く人と見送る人を結んだ別れのテープ。
今でもフェリーは多くの生活物資を積み込んで与論島の港へやってきます。
これらの物資が島民たちの生活を潤してくれるのです。
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by yoronto | 2006-09-20 00:11 | 島の文化

最近見かけなくなった島の植物

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私が子供の頃は、島のあちこちで野生のバナナパパイヤの木を見かけたものです。
しかし、島の開発が進むにつれ森や林、野生の植物が姿を消し、今ではすっかり見かけなくなったものもあります。
開発と自然の共生、なかなか難しいですね。
ちなみに、与論島の植物は、茶花にある「ユンヌ楽園」という植物園で観ることができます。

島で生活しなければならない島民たちは開発を望み、島を観光で訪れる人々や私のように
都会から帰省する人は昔ながらの自然を望み、、、すれ違う両者の思い。
島外からこの島を訪れる人たちは、与論島の今をどう見ているのでしょうか。
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by yoronto | 2006-09-18 11:12 | 島の食物

老人が元気な島

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<与論島名物サトウキビの苗を植える父>
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<実家で飼っている牛に餌をやる母>

与論島の老人たちはとても元気です。
最近帰省した際に会った伯父さん(90歳)も元気そのものでした。
体が弱くなったと言いつつも、耳も口もしっかりしていました。

私の父や母は今年79歳ですが、写真の通り今も現役で仕事をしています。
都会のサラリーマンの中には定年退職とともに老け込んでしまう人もいるようですが、
与論島には生涯現役タイプの人が多いせいか年齢のわりには元気な人が多いですね。
第2の人生を元気に暮らしたい人はぜひ与論島へ移住を!
といっても都会のような仕事はほとんどありませんが。
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by yoronto | 2006-09-17 10:10 | 私の実家

山羊(ヤギ)

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与論島には山羊(ヤギ)を飼っている人がたくさんいます。
私の実家でも昔飼っていたことがありました。
最近は食べていませんが、子供の頃食べたご馳走の一つが山羊料理でした。
大きな鍋でぐつぐつ煮込んだ煮込み料理の美味しかったこと。
ただ、残念なことに、臭みがあるせいか都会の人の中には山羊料理が苦手という人も多い
と聞きます。

以前帰省した際、自転車で島内を走り回っていたら写真の山羊くんに遭遇。
思わずパチッ。
愛くるしい表情がなんともいいじゃないですか。
この山羊くんのその後の運命やいかに。
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by yoronto | 2006-09-16 12:41 | 島の珍物

海岸に流れ着くものたち

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与論島は周囲を海で囲まれているため、海岸にはどこからともなくいろんなものが流れ着きます。
中にはきっと遠い異国の地から流れ着いたものもあるかもしれません。
台風の嵐の後にはよく魚が流れ着いたので、朝早起きしてその魚を拾いに行くのが楽しみでした。
与論島の海岸を歩いていくと、流れ着いたいろんなものを発見できます。
海岸に流れ着いたものたちには、それぞれに物語があるんでしょうね。
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by yoronto | 2006-09-10 23:27 | 島の珍物

最大の内職だった機織り

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その昔、島の女性たちは自宅で機織りをしていました。
織っていたのは高級布地として有名な“(奄美)大島紬”。
私の実家でも、かつては母と姉たちが内職で機織りをしていました。
しかし、残念ながら現在では機織りをする人はほとんどいなくなりました。
写真の機織り機は、与論島の歴史展示品を見ることのできるサザンクロスセンターという
建物の中に展示されていたものです。

子供の頃は、機織りで蔵が建つなんてなことも聞かされた記憶があります。
それほど大島紬は儲かったんですね。
母は娘たちに機の織り方を指導していました。
せっかく織っても買取り人の鑑定で厳しい鑑定をされると高値で売れなくなってしまうのです。
どの仕事でも同じですが、完成品の品質は重要ということですね。
機織り職人がこのまま島から姿を消してしまうのは寂しいので、なんとか島の伝統を誰か受け継いでいってほしいものです。
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by yoronto | 2006-09-09 17:48 | 島の産業