我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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カテゴリ:島の歴史( 3 )


与論島は、先人たちの血と汗と涙の歴史でつくられてきた

与論島民は、古くから先祖を敬い、先輩に敬意を払いながら生きていますが、それは、島民の心の中に、今の自分たちがあるのは先人たちの血と汗と涙のおかげでという強い思いがあるからでしょう。
いつまでも大切にしたい精神です。

<琴平神社の境内に建つ碑>
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by yoronto | 2012-01-07 14:18 | 島の歴史

姿を消してしまった与論島の昔ながらの習わし、子供の遊び

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子供の頃、正式な名称は知りませんが、“フーベーハーベー”という伝統行事がありました。
どういう行事かというと、年の暮れが迫った頃、地域の子供たちが集団で各家々を回ってその家の家内安全や繁栄をお祈りするというものです。

やり方はこうです。
子供たちが手に笹の葉を持ち、家の周りを「フーベーハーベー!、フーベーハーベー!」と叫びながら、何周か走り回ります。
その時、走りながら笹の葉を家の壁などに触れさせてお祓いをします。
実際は、笹の葉を手に持っただけで走り回っていた子供もいましたがね(笑)。

走り終えると、その家の主が子供たちの労をねぎらいつつ、神棚の前にお供えしてあった食べ物などを分け与えてくれます。
果物だったり、お菓子だったり、手作り料理だったり。
頂戴したそれらの食べ物を籠などに入れ、再び次の家を目指します。
そうやって地域の家々を回った後、地域の公民館に行き、そこで各家々から頂戴してきた食べ物を皆んなで分けて食べるのです。
貧しかった子供時代、ご馳走にありつけるこの行事は楽しみの一つでした。

他にもいろんな楽しみがありました。
子供にとっての楽しみといえば、やはり遊びだったでしょうか。
駒回し、凧揚げ、ビー玉、めんこ、かくれんぼ(缶蹴り)、騎馬戦、草野球、などなど。
お金がなくて品物が買えない時は、よく手作りしたものですが、これがまた楽しかったんですよね。
年長者が弟や妹のために遊び道具を作ってあげるなんてこともよくありました。
今の子供たちは昔の子供たちとは違う遊びをするようですが、昔ながらの習わしや遊びが姿を消していくのは寂しいような気がします。
時代の流れと割り切るしかないのでしょうか。。。。
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by yoronto | 2011-12-05 10:55 | 島の歴史

自然の猛威と共存した、与論島の民のたくましい歴史

東京に20年以上住んでいて常に感じることですが、東京という大都会は自然災害にとても脆いですね、しくみも人々も。
東京にかぎらず大都市はいずこも同じなのでしょう。
与論島民は島に住んでいるかぎり誰でも経験しますが、与論島には毎年たくさんの台風がやってきます。
台風の通り道になっているような場所にあるのが与論島で、これはもう逃れられない宿命としか言いようがありません。
しかし、与論島の民はこれを自然のこととして受け止め、毎年何らかの被害は受けながらも、各家々では自分たちなりの備えをし対応してきました。

言ってみれば、与論島の民の歴史は、自然の猛威との共存でもあったと言えるでしょう。
そこには与論島の人々のたくましい生き方があります。
台風が東京にやってくる頃には勢力もだいぶ弱まっているのに、与論島を襲う台風は最大勢力ですからね。
否が応でも人々は強くなります、雑草のごとく。

弱い台風でも多くの被害を出す大都市に比べ、いろんな条件の違いはあるでしょうが、強い台風の直撃を受けても人的被害を含め、被害を少なめに抑えられる与論島はすごいなとつくづく感心します。
もちろん、自然災害はいつ何時起きるかわからないし、どれだけの規模のものが襲ってくるかわかりませんので、備えは常に重要です。

台風といえば、子供の頃、台風の影響を逆手にとった楽しみがありました。
その一つは、台風の翌朝、海岸に行って打ち上げれた魚を見つけることでした。
死んではいてもまだ新鮮なので、運よく見つけることができるとそれが食卓のご馳走になったものです。
それから、台風の時はよく停電が起きましたが、蝋燭を囲んで家族全員で食事する雰囲気も好きでした。
台風対策で家の戸を全部閉めてしまうので、停電になると家の中が真っ暗になりましたが、そんな中でラジオを聴くのも楽しかった思い出です。

3月11日の東日本大震災やかつての阪神・淡路大震災のことを思い浮かべながら、自然の猛威への畏怖と備え、そして逃れられない宿命との共存についてつらつら考える今日この頃です。

<台風の影響で破壊された海岸の堤防>
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<修復された堤防>
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by yoronto | 2011-10-20 14:34 | 島の歴史