我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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カテゴリ:島の再生( 72 )


【与論島再生のアイデア(1)】我が故郷「与論島」再生のための100年ビジョン

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8月26日付の記事で、与論島出身者として島外から島の現状をみて思うことを書きました。
その中で、与論島が今後目指すべき方向として、「与論島を世界中の高齢化社会の手本になるような“魂の島”と位置付け、モノは十分ではないかもしれないが人間の触れ合いやココロの満足度は世界一」というのではどうかと述べました。

この考え方を踏まえつつ、『与論島再生のための100年ビジョン』を考え付きました。
それがこれです。

自然と生きる、自然に生きる、“魂の島”

3月11日に起きた東日本大震災、それよって引き起こされた福島第一原発事故によって、人々の意識は大きく変化し始めました。
生命の危機”、極端なことを言えば“人類滅亡の危機”への恐れ、日々の暮らしにおける“安心、安全”に対する強い欲求、そんな方向への意識の変化。

与論島はもともと持っていた良さを取り戻すことができれば、時代の先取りをできるかもしれません。
自然をそれこそ自然に受け入れてきた生き方、人と人の絆を大切にする生き方、与論島の人々が大事にしてきたことです。

自然と生きるというのは、人間は自然の中で生かされている生き物の一つにすぎないという考えを持ち、自然の恵みに感謝しながら自然と共生していくということです。

自然に生きるというのは、利便性を追求するだけの生き方や競争に追われて自分が望む生き方ができない生き方をやめ、ある程度の不便さは享受しながら自分にとっての自然な生き方をするということです。

魂の島というのは、先祖や年長者を敬い、親子関係や家族を大事にし、人間の精神の根源である“魂”に対し畏敬の念を抱く人が住む島ということです。

このビジョンにそって具体的に何をしていくかは、このビジョンを共有した上で、そのためには何をするのか、何ができるのかについて、知恵や意見を出し合い、やることが決まったらお互いが協力し合って実現に向けて努力することが必要になるでしょう。
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by yoronto | 2011-09-21 12:20 | 島の再生

島外から島の現状をみて思うこと(出身者として)

昨日、与論島の実家で暮らす姉から電話がありました。
用件は、きたる9月4日に町長選挙の投票があるが、現在、島では現職町長に対し1名立候補者が出て2名による一騎打ちになっているという話でした。
島外にいる人間として、いずれの候補者が勝っても島の発展のために頑張ってほしいと願いつつ、実際の選挙にあたっては島民たちの間でそうとう利権闘争が発生しているんだろうなと想像しています。

私は高校時代までこの島で過ごしましたが、当時思ったことは、「この島はなんて世の中から遅れているんだろう」ということでした。
もっとも、これは島の発展に何も貢献できない私の思いであって、大人たちは一生懸命頑張っていたのだと思います。
だから、島民の悲願であった大型船が寄港できる港湾施設もできたし、飛行場だってできたし、舗装された道路網も整備されたし、その他多くの施設もできたし。

島には現在小学校が3校、中学校が1校、高校が1校ありますが、高校を卒業する際には、島外の学校へ進学するか島外にある会社などに就職する、島で就職するか実家の家業を継ぐ、その選択をする必要があります。
地元の発展に貢献するには地元にとどまって汗を流すのがいいのかもしれませんが、残念ながら多くの若者たちが島の外へ出ていきます。
私もその一人で私は東京の大学へ進学する道を選び、以来島外に住み続け、既に島で過ごした年数を超えました。

年に1回程度帰省するのですが、帰省する度に胸を痛めるのは島の経済の疲弊です。
与論島の産業は大きくいえば、農業、漁業、観光業が3本柱です。
私が島で暮らしていた頃は観光ブームのおかげで観光業は大いに潤い、最盛期には島民の数を上回るほどの来島者数があったほどです。
それが今や我が目を疑うほどの来島者数です。
島内を回ると廃墟と化した観光施設などをよく見かけます。

以前に、東京・池袋で開催された『アイランダー2009』という国土交通省主催の島興しイベントの記事を書きました。
このイベントの見学に行って真っ先に感じたのは、日本全国どこの島も島の経済発展に取り組んでいる一方で、どの島も似たり寄ったりのことをしているなということでした。
島の観光をPRし、特産品を売り込み、、、などなど。

しかし、考えてみればわかることですが、他と同じことをしてもその島ならではの良さは伝えにくいでしょうし、差別化にもつながりません。
そういう点でいえば、今後の島の発展のためには他と差別化できるような独自の方向性が重要だと思うわけです。
私が考える一つのアイデアとしては、「与論島を世界中の高齢化社会の手本になるような“魂の島”と位置付け、モノは十分ではないかもしれないが人間の触れ合いやココロの満足度は世界一」、というのを目指してはどうだろうかというものです。

そのために必要なことは、そのことを島内外にPRするとともに、その実現に向けて一緒に取り組んでくれる仲間づくりかなと思います。
島民の中からの人材登用にとどまらず、広く世界から人材を集めるべきでしょう。
島外に住む人々の中にもこの考え方、方向性に共鳴する人は必ずいるはず。
島のトップである町長には、このビジョンを打ち出し、自身の人脈をフル活用し、アイデアをいろんな人たちから集め、全体をしっかりマネジメントしていく力が求められます。
島の外で暮らしながら偉そうなことを言ってしまいましたが、生まれ育った与論島への愛着は今なお持ち続けており、だからこそこういう思いを持つに至ったわけです。

世界にたった一つしかない与論島。
この島を愛するすべての人々がどんなかたちでであれ、どんな思いであれ、この島の良さが続くよう、またさらに良さに磨きがかかるよう願ってほしいと思う次第です。

与論町公式サイト

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by yoronto | 2011-08-26 09:51 | 島の再生