我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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カテゴリ:島の再生( 72 )


【与論島再生のアイデア(57)】ガーデニングコンテストを開催してはどうか

<与論島の実家の庭>
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伝統と格式を重んじるイギリスで開催されるイギリス最大の花とガーデンの祭典『チェルシーフラワーショー』において、何年も金賞を受賞し世界から注目されている日本人がいます。
その人の名は、石原和幸
世界一の庭師と呼ばれ、彼の作品はイギリスのエリザベス女王からも賞賛されたとか。
こういう日本人がいることを日本の誇りだと思うと同時に、世界の人々から賞賛されるほどの日本人の美意識はすごいなとつくづく思います。
きっと、日本人のこの美意識は、四季があって季節ごとに美しい自然を堪能できる日本の国土だからこそ培われてきたものかもしれません。

美しい自然といえば、郷里「与論島」には、『死ぬまでに行きたい!世界の絶景』にも取り上げられるほどの美しい自然があります。
この島の素晴らしさは、島民も島外から来た人も認めるところです。
そして、この島には、その美しい自然を守り続けようと、ボランティアで毎日「美ら島プロジェクト」という島内ゴミ拾い活動を行っている島民たちがいます。
美しい自然でも人が汚せばいつかその美しさをなくしてしまうもの、こういう善良な島民の頑張りがあってこそ与論島の美しさは維持できるものです。
同郷の人間として郷里で頑張っている人たちに心より感謝し、エールを送りたいと思います。

ところで、美意識というのは美しいものを見て、触れて、感じて芽生えていくものです。
そういう点でいうと、与論島の島民は生まれた時から美しい環境に身を置いているので恵まれているかもしれません。
自分たちにとって当たり前のことが、実は都会の人にとってはとても羨ましいことなのです。
私は現在東京在住ですが、そのことをつくづく感じます。
東京の都心で生活していると、普段目にするのは人工的に造られた自然ばかりでその自然も小さなものです。
与論島の多くの民家にある庭に比べたら東京の民家の庭はあまにも小さすぎます。

せっかく恵まれた美しい自然があるのですから、この環境を利用して美意識を高めない手はありません。
美意識の向上は島の魅力を高め、また子供の教育にも大いに役立つでしょう。
美意識の向上はまず身近なところから、ということで、私はアイデアは、

“ガーデニングコンテストを開催してはどうか”


同コンテストを毎年か数年おきに開催し、希望者は応募、審査員が応募者の家庭を回って庭の造作を審査して採点を行い、順位を決めて表彰するという内容です。
もし可能であれば、順位が高かった家庭の庭を島民が自由に見学できればいいなと思いますが、プライバシーの問題もあるのでこれは難しい面もあるかもしれませんね。
自分の家の庭を美しくするというのは、そこで暮らす人にいろんな面でいい影響があるでしょうし、それによって美意識が高まっていけば、自分たちの島の美しい自然を守ろうという意識・行動にもつながっていくような気がするのですが、いかがでしょうか?
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by yoronto | 2014-10-12 10:47 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(56)】“地方創生”は、与論島にとってチャンス!

現在、国が本腰を入れてやろうとしている“地方創生”。
おそらく、地方で暮らしている人や地方で育った人はこの考え方や方向性に大いに賛同しているはずです。
里山資本主義の提唱者で知られる藻谷浩介さんは、これからの日本を元気にするヒントは農山村や離島にあるといいます。
ある調査によれば、東京都内在住者の40.7%が田舎暮らしをしたいと考えているとか。
このデータの見方はいろいろあるでしょうが、単純にいえば、多くの人が自然の豊かな田舎で暮らしてみたいという思いを持っているということでしょう。

私は以前からこのブログで、与論島を活性化させるために島外からの移住者を増やすべきだと言ってきました。
やはり、地域の発展の鍵になるのは“”なんですよね。
これも以前に言ったことではありますが、知らない土地に行って暮らそうと思う時に、真っ先に気にするのは、住む場所と収入の確保です。
そういうことを考えると、行政側にはこういう面のサポートをお願いしたいところです。
サテライトオフィスのアイデアについて提案したこともありますが、与論島に移住して仕事をやりたいという人のために、都会にはよくあるシェアオフィス(建物内のスペースを細分化して各自が共同で利用する)をつくることも必要でしょう。

空家に関する最近の調査によれば、2013年で全国の空家率は13.5%、これが2040年には40%まで上昇しそうだとか。
与論島の空家の現状についてはわかりませんが、活用されていない空家、建物があるのであれば、上記のようなアイデアが生かせるのではないでしょうか。
与論島は、台風の自然災害を除けば、日本いや世界に誇れるぐらい美しい自然に恵まれています。
第二の人生を美しい海に囲まれた南の島で過ごしたいシニア世代、自然の豊かな田舎に住みながら子育てをしたい若者世代、それぞれの世代に大いに受け入れられる環境が与論島にはあります。
そういうことを考えるにつけ、“地方創生”は、与論島にとってチャンス到来!
と思うわけです。
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by yoronto | 2014-10-05 17:09 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(55)】外国語で島のPRをしてはどうか

<某国日本大使館の関係者たちと>
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<某国大手自動車メーカーの関係者たちと>
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今、日本の各地域は外国人観光客の誘致に力を入れています。
その様子はメディア等を通じて頻繁に紹介されています。
ある民放のTV番組では、新潟県の湯沢町に住む一人のタイ人女性の活躍がこの地に多くのタイ人観光客を呼び込んでいると紹介していました。
(この女性のfacebookページ)
https://www.facebook.com/nikaido.pansana
この女性がインターネットを活用しタイ語で情報発信をしている様子が放映されていましたが、たしかに外国語で情報を発信すればその言葉がわかる国、地域の人にとっては訴求効果がありますね。
湯沢町では、訪れるタイ人がさらに町の魅力をPRするという好循環が生まれているようです。

インターネットが世界の隅々で利用されている現代において、インターネットの活用と同時に外国語を使って情報発信ができるのは大きなメリットがあります。 
「私、英語は苦手なんです」なんて言っている時代ではありません。
外国語は手段として当たり前に使いこなす時代になっています。
それこそ、与論島にいろんな国の人がやってきて、その人たちの国の言語で与論島の魅力を伝えてくれたら、外国人観光客の増加によって島の観光業は息を吹き返すような気がします。
私もこのブログを使って英語による情報発信を時々やってみようと思いますが、あなたも挑戦してみませんか?
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by yoronto | 2014-09-23 11:31 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(54)】島外から“小商い”希望者を呼び込むしくみをつくってはどうか

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これは私の受け止め方ですが、今の時代のトレンドをみていると、“自分らしさ”を求める人が若者を中心に増えており、このトレンドは今後さらに広がっていくような気がしています。
自分らしさを求めるとはどういうことかとえば、他人に強いられるのではなく自分の自主性を大切にする、自分のやりたいことをやる、自分のいい面が生かせることをする、心から楽しいとか面白いと感じられることをする、自分の存在が世の中に(他人のために)役立っていることを実感できることをする、といったようなことです。

戦後、貧しい日本はとにかく国を富ませ、家族や個人が物質的に豊かになることを目標に進んできました。
その過程では、個人の思いよりも国、組織、家族の発展を優先し、個人は犠牲にされることも多々あったと思います。
私が生まれた頃、我が家は貧乏だったので両親は朝から晩まで必死に働き、年長の兄や姉たちも家計を助けるためによく働いていました。
当時は我が家だけでなく日本全国の家庭が同じような状況だったのではないでしょうか。

そういった頑張りのおかげで国は豊かになり、各家庭も豊かになり、個人も恩恵を受け欲しいものが買えるようになりました。
今の日本は物質面ではかなり豊かといえるでしょう。
一方で、物質面で満たされた環境になると、今度は精神面で不足しているものに対する欲求が強まります。
毎日会社へ通い、やりがいのない仕事に時間を費やすことが無駄に思えてきます。
そして、「私の人生、これでいいのだろうか?」、「自分らしい生き方をしたい」と考えるようになります。

昨今、若い人の中に“社会起業”を志す人が増え、大儲けはできなくてもやりたいこと仕事にしたいという“小商い”に関心を持つ人が増えています。
私は50歳で若くはありませんが、私自身も最近小商いに興味を持ち出したのでこういった若者たちの気持ちがよくわかります。
起業には、小さく始めて大きく育てる(スモールビジネスからビッグビジネスへ)というイメージもありますが、“小商い”には、もっとも大事なのは自分らしさが発揮できることというイメージがあります。

今回の私のアイデアは、
島外から“小商い”希望者を呼び込むしくみをつくってはどうか
ということです。

島の現状、今後の問題として、
・島民の人口の確実な減少
・島の既存産業(農業・漁業・観光業・商業)の衰退
・島民の高齢化、後継者不足による既存産業の衰退(耕作放棄地、漁港の衰退、店舗・観光施設の老朽化等)
といったことなどがあげられます。
何もしなければ、美しい自然は残ったにしても、島の活力は失われ島の経済は疲弊していくだけです。
大事なのは、誰でもいいからアイデアを出し、自ら実践し、あるいは他人に協力を呼び掛けて実践していくことです。

上記のアイデアに話を戻すと、具体的な方法として、
・地主が高齢化し農業の継続が困難な場合は、町役場が土地を一旦借り上げ、農業で小商いをしたい人を募って貸し出す。
その場合、貸し出し料を極力安くし、手続きは極力簡素にします。
町役場でやるのが負担であれば、それをやるための外部組織をつくってもいいかもしれません。
・観光のピーク時に建てたホテル、旅館などはかなり稼働率が落ち所有者の負担になっているでしょうから、それらの建物の全部または一部(空き部屋など)を格安で小商い用に貸し出します。
・島外から与論島で小商いをしたくてやってきても、商いをする場がないと困ってしまうので、例えば、町役場が主導して公営の市場をつくり、そこに小さな区画を設け、その区画を格安で貸し出し、商い(例えば収穫した農産物や加工品を売るとか)希望者に自由に商いをしてもらいます。
・今や島内のネット環境は整っているので、ネットを使って小商いをしたい人のために住居を安く提供します(移住には住む場所と費用が一番問題になるので)。

他にも方法に関するアイデアはたくさんあるかもしれません。
台風の被害というリスクはありますが、美しい自然、美味しい空気、おもてなしの心をもった人情味あふれる島民、これらに加えて、小商いができるチャンスが与論島にはあるとなれば、現状の生き方・生活から抜け出し、ある期間与論島へ移り住んで小商いでもやってみようかという若い人(だけとは限りませんが)が増えるのではないでしょうか。
若い人の移住者が増えると島全体が活性化するのではないかと考えますが、こんなアイデアいかがでしょうか?
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by yoronto | 2014-09-07 13:01 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(53)】“商人塾”を開設し商人マインドをもった人を育てよう

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私は、高校時代までを与論島で過ごし、その後は、東京の大学で学び、卒業後今日に至るまでいろんな会社に勤め、いろんな仕事を経験してきました。
私の個人経歴にご興味のある方は、facebookの個人ページ(基本データ)をご参照下さい。
これまでの仕事人人生を通してつくづく思うことは、ビジネスで儲けるのは簡単ではないということ、一方で、ビジネスはアイデアと行動力のある人にとっては面白い世界だということです。

もう一つ思うことは、高校卒業後もずっと島で生活していたなら、今日までビジネスの世界をあまり知らずにきてしまっただろうなということです。
もちろん、そうなってしまうのには背景があります。
与論島は人口が少なく、マーケットも限られているのでビジネスチャンスは少なく、だから、商人マインドをもった人は多くありません。
多くの島民、特に年輩の人は、農業や漁業など昔からの家業に黙々と勤しみ、一部の人が観光客相手の商売を仕掛けたりするという感じです。

最近でこそ、ネットを活用して情報発信をする島民も増えてきていますが、都会や他の地域に比べれば、情報発信力はまだまだ弱いという印象を受けます。
商売をする上で今やネットは必須の手段です。
言い方を変えれば、商人マインドをもった人ならネットを駆使して自分の商売に結び付くような情報発信をするということです。

そういうことを考えると、与論島には、商人マインドをもった人はまだ少ないのかなと思うわけです。

以前からこのブログで主張してきたことですが、経済や産業の視点でみると、与論島の未来は決して明るいものではありません。
昔からの農業(サトウキビ主体)、漁業、観光業などで島の経済の発展が可能かどうか考えてみれば、かなり難しいというのが現実でしょう。
では、与論島の未来を少しでも明るいものにするにはどういうことをやればいいのでしょうか。

私のアイデアはこうです。
町であれ、どこかの団体であれ、個人であれ、誰でもかまわないのですが、“商人塾”を開設し、塾生を集めて教育を行い、商人マインドをもった人を育て増やしていくのです。
塾の講師は、与論島出身の実業家とか、その他ビジネス界で活躍している人などにお願いすればいいでしょう。
私は今、将来に向けて与論島の発展にも貢献できるようなビジネスを考えています。
多くの人がいろんなビジネスを考え、それを実際に実践していけば、島の活性化につながっていくような気がするのですが、こんなアイデアはいかがでしょうか?
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by yoronto | 2014-08-16 11:22 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(52)】勝手に世界大会(ワールドカップ)を主催してはどうか

先日、NHKのニュース番組で“けん玉”の話題が取り上げられていました。
何でも今や世界にはけん玉愛好家が100万人もいるとかで、最近、けん玉発祥の地といわれる広島県の廿日市市でけん玉のワールドカップ(関連ホームページ)が開催されたそうです。
私も子供の頃にけん玉で遊んだことがありますが、大人になってからけん玉の話題をあまり聞かなかったので廃れた遊びになったのかなと思っていました。
ところが、実際は、高度な技が出てくるなど遊び方は進化し、Youtubeなどでそれが世界中に拡散されて、むしろ愛好家が増えていっているようです。
例)けん玉のYoutube動画

けん玉にかぎらず、私の子供時代、いろんな遊びがありました。
子供時代は遊びに夢中になるものですが、私もいろんな遊びに夢中になり友達と大いに遊びました。
駒回し、ビー玉、メンコ、鬼ごっこ、かくれんぼ、凧揚げ、チャンバラごっこ、かたつむりの殻の固さ競争、など。
はるか昔のことなので、今では思い出せない遊びもたくさんあると思います。
中には与論島にしかなかった遊びもあるかもしれません。
また、遊びそのものが廃れてしまって今の子供たちは知らない遊びもたくさんあるかもしれません。

ふと思いました。
けん玉の例にならって、与論島で古くから行われていた遊びを動画撮影してYoutubeにアップしてみてはどうだろうかと。
Youtubeは世界中で見ることができるので、遊びが面白そうであれば勝手に世界中にファンが増えていくかもしれません。
世界中に与論島の遊びが拡散されていけば、頃合いをみはからって世界大会(ワールドカップ)を主催してみてはどうでしょうか。
こういう仕掛けは、ネットが使える人であれば個人レベルで始められるはずです。
どんなものであれ、与論島で世界大会(ワールドカップ)が開催されれば、話題性があり、観光業をはじめ島のいろんな産業に波及効果があるのではないでしょうか。
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by yoronto | 2014-07-20 09:52 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(51)】与論島に東京のアンテナショップをつくってはどうか

(東京の銀座通り)
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(与論島の銀座通り)
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本土から与論島に観光などでやってくる人たち、特に都会で暮らしている人たちは、風景であれ、食べ物であれ、生活スタイルであれ、与論島ならではのものを期待しているのかもしれません。
また、島に滞在している間は、非日常的な体験をしたいのかもしれません。

しかし、島民、特に島の若者たちは逆に都会に憧れています。
多くの若者が都会的なものに触れ、都会の情報を知りたがっているでしょう。
島民にとっての非日常的なものは、都会生活者のそれとはまったく逆のものです。
与論島という島は周囲24キロの小さな島で、素朴で牧歌的な雰囲気が漂っています。
だから、島での暮らしはのんびりしている反面刺激がほとんどありません。

私は島の高校を卒業してすぐに東京の大学に進学しましたが、東京での暮らしは毎日刺激を受けました。
東京の暮らしは楽しくて面白くてしょうがない、そんな感じです。
今もこの感覚は同じです。
東京は、稼げる力さえあれば、やりたいことが何でもできちゃう環境があります。
そのためでしょうか、地方の過疎化が叫ばれる昨今にあって、東京は逆に人口が増える一方です。

そこで、与論島の再生のためにこんなアイデアを思い付きました。

与論島に東京のアンテナショップをつくってはどうか

規模は小さくてもいいから、茶花の繁華街の一角にでもつくるのです。
それこそ、名前はそのものずばり、『東京のアンテナショップ』でもいいかもしれません。
そして、そこでは“東京的”なものを展示したり、商品を販売したりします。
スタッフは、東京生活経験者(島出身者でも可)や東京出身者などがやると説明もしやすくいいかもしれませんね。
島民がそこへ行けば、東京的体験ができる、東京的商品が買える、東京の情報が得られる、こういうのって刺激があると思いませんか?

今やネットの時代だからネットを活用すればそんなものは不要だという考え方もあるかもしれません。
ただ、私は与論島と東京での暮らしを経験しているからわかりますが、やっぱり、実際に足を運べる場所がある、その場所でいろんなものを見て、その場で現物を買うことができるというのはネットとは違う楽しさ、面白さがあるんですよね。
東京経験者で島に住んでいる人や今後島への移住(Uターン含む)を考えている人にとっては、アイデアの一つとしてありかなと思うのですがいかがでしょうか?
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by yoronto | 2014-05-25 12:03 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(50)】視点を変えて観光スポット、地元名物を発掘してみてはいかが?

私は東京で長年暮らしていますが、街中をぶらぶらしている時などに、写真を撮っている外国人と遭遇することがよくあります。
彼らがどんなものに興味を抱き写真を撮ったのか観察していると、意外と日本人が気にも留めないようなものを撮っていたりすることに気付きます。
例えば、街中のどこにでもある信号機や横断歩道だとか、何の変哲もないビルの風景や木々の風景だとか。

彼らのそんな姿を見てふと思ったんです。
そこで暮らしている人には当たり前すぎて面白くも何ともないものでも、他の地からそこに初めて来た人には見るものすべてが興味の対象になるんだろうなと。
そういえば、私が与論島を出て初めて東京に上京した時、島の暮らし、風景とはあらゆるものが違いすぎていろんなもの、出来事に興味津々だったことを思い出しました。

観光で町興しをしようとすると、多くの場合、地元の人が自分たちが紹介したい観光スポットや売り出したい地元名物をPRしがちです。
そこにあるのは観光客、お客さん視点ではなく自分たち視点なのです。

自分たちがそれほど努力しなくても自然に多くの観光客が島を訪れ、お土産品などを買ってくれた時代はそれでよかったかもしれません。
しかし、今はこれまでとは違う視点でかなりの努力をしないと観光客を呼び込めないし、地元の商品を買ってもらえない時代です。

そういう時代において大事なことは何か。
それはまさに冒頭で紹介した例、つまり、その地に(初めて)やって来る人の視点で物事をとらえることです。
いきなり他人の視点で見てみろと言っても難しいでしょうから、それならば、実際に他人(観光客等)にいろいろ見てもらって、経験してもらって意見を聞けばいいのです。
外部の専門家や外国人の意見を聞いてもいいかもしれません。
「へっ、こんなのが面白いのか」という意外性もあるかもしれませんね。
与論島の最大のPR対象である自然にしても、視点を変えれば面白い発見があるかも!

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by yoronto | 2014-05-06 16:09 | 島の再生

【与論島再生のアイデア(49)】雇用拡大のための起業優遇と消費拡大のための移住促進

先日あるTV番組を見ていたら、静岡県東部の伊豆半島の最南端にある町・南伊豆町の話題が取り上げられていましたが、今この町では雇用の機会が少ないため人口流出と移住者が増えないことの悩みを抱えているという内容でした。
南伊豆といえば首都圏に近く観光客も多いので、財政も潤ってそれほど深刻な問題はないのかと思っていましたが実際はそうでもないようです。
平成20年度のデータでみると、南伊豆町を含めた伊豆地域で年間の観光客数は約4,000万人(うち宿泊者は約1,200万人)という感じですごいのですが、過去からのトレンドとしては減少を続けているようです。

観光資源があってそれにより多大な観光収入が得られるのは喜ばしいことではあるのでしょうが、それだけに依存していると観光客が減った場合に多大なダメージを受けるリスクもあるといえるでしょう。
町全体の活性化と財政、町民の収入の確保を考えるなら、町に雇用の機会が増え、その結果町民の数も増え、それによって消費が活発化して町の景気が良くなる、という構図がもっとも理想的かもしれません。

このことは与論島にも当てはまることです。
島に雇用の機会は少なく、若者はどんどん島から出ていって島外で暮らすようになり、島の産業も斜陽化していく流れの中でさらに雇用の機会が減って島の経済は活力を失っていく、どうやら悪循環に陥ってしまっているようです。
では、この悪循環を断ち切り、島の活力を取り戻して今後の発展につなげるにはどうするか。
以下はそのためのアイデアです。

以前に移住者を増やすべきというアイデアを述べさせていただきましたが、島に移住してほしい人は、島に雇用機会をつくってくれる人、島で消費行動を行ってくれる人です。
それぞれの人を増やすにはどうするか。

1.島に雇用機会をつくってくれる人について

大手企業を誘致するという考え方もありますが、これはなかなか難しいでしょうから、起業家や起業準備中の人を呼び込むというのはどうでしょうか。
島への移住希望者には、公営の建物、民間の建物等に空きスペースがあれば、それを無料なり格安で賃貸するとか、他にもいろんな面で優遇するとか、方法はいろいろあると思います。
彼らが事業に成功すれば雇用の機会が増えるかもしれませんし、既存の島の産業に新しいアイデアを吹き込んでくれるかもしれません。

2.島で消費行動を行ってくれる人について
例えば、都会の企業を定年で退職し(希望早期退職者含む)、お金をそれなりに持っていて老後の生活を南の島で送りたいと考えている人や、事業(仕事)でそれなりに成功してしばらく南の島で暮らしたいと考えている人などを対象とし、住む場所(土地、家)の提供、各種優遇策を実施してみてはどうでしょうか。
移住者が最初に気にするのは、住む場所が手頃な値段で確保できるかどうか、生活環境はどうか、といったことです。
このあたりは適宜情報提供が必要でしょう。

現在の与論島だと、都会でやっている仕事の経験が生かせる場がほとんどないんですよね。
現在島で暮らしている島民の力で雇用の機会を増やすことができないのであれば、島外の人の力・知恵を借りるしかないと思うわけです。
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by yoronto | 2014-04-29 14:06 | 島の再生

与論島の将来の発展を考える上で大事なポイントは、日本の人口減少と日本人の高齢化

現在の日本の人口と年齢構成及び今後の予測をご存知でしょうか?
与論島の将来の発展を考える上で、この二つに関し、現在の状況と今後の予測を知っておくことはとても大事です。
なぜかといえば、それは“活性化”に影響してくるからです。

与論島の人口がだんだん減り、若い人の島外への流出が増え、島が高齢化している現実はきっと多くの島民が気付いていることでしょう。
この傾向は与論島にかぎらず、日本のほとんどの地方が直面している問題です。
この問題に直面している地方は、活性化どころかどんどん衰退しているといっても過言ではないでしょう。
だからこそ、地方は必死になっておらが町や村のPR、活性化に取り組んでいるわけです。

総務省のデータによれば、以下のようになっています。
簡単に言えば、全体的に人口は減り、高齢者は増えているトレンドだということです。
【平成25年8月1日現在(確定値)】
 <総人口>1億2733万6千人で,前年同月に比べ減少:▲21万9千人(▲0.17%)
 ・0~14歳人口は、1643万6千人で,前年同月に比べ減少:▲15万3千人(▲0.92%)
 ・15~64歳人口は、7918万2千人で,前年同月に比べ減少:▲120万8千人(▲1.50%)
 ・65歳以上人口は、3171万8千人で,前年同月に比べ増加: 114万2千人( 3.73%)
 <日本人人口>1億2578万5千人で,前年同月に比べ減少:▲24万4千人(▲0.19%)

一人の女性が15歳~49歳の間に産む子供の平均数のことを合計特殊出生率といいますが、この率が2.08を下回ると人口が減少するといわれており、今の日本の現状はどうかといえば1.41です。
このまま推移すれば人口はどんどん減り続けていくわけです。
一方で、社会が豊かになり、医療技術の進歩等によって日本人の平均寿命は伸び続け、今や65歳以上の人が全人口に占める割合は25%(4人に1人が65歳以上)にも達しています。
つまり、日本は超少子社会・超高齢社会になっているのです。
超高齢社会への突入スピードは世界で日本が断トツです。
未来にはいろんな不確定要素があるので正確な予測は難しいでしょうが、今から50年後の2055年には全人口の40.5%が65歳以上になるという予測もあります。
(参考)関連記事:ブログ『ビジネスピープル共和国

国連の基準では、65歳以上の人口が総人口の7%を超える社会を「高齢化社会」と呼び、日本は今から42年前の1970年(昭和45年)に高齢化社会に突入しました。
また、65歳以上の人口が総人口の14%を超える社会を「高齢社会」と呼びますが、日本は今から19年前の1994年(平成6年)に高齢社会に突入しました。
そして、65歳以上の人口が総人口の21%を超える社会を「超高齢社会」と呼びますが、日本は今から7年前の2007年(平成19年)に超高齢社会に突入しました。
2015年(平成27年)には、65歳以上の人口が総人口の25%を超え、日本人の4人に1人が65歳以上という老人大国になるだろうと予測されています。

日本は、高齢化社会から高齢社会になるのに24年かかっていますが、世界の他の国はどうかといえば以下の通りです。
・フランス(115年)
・スウェーデン(85年)
・アメリカ(69年)
・イタリア(61年)
・イギリス(47年)
・スペイン(44年)
・ドイツ(40年)
日本社会がいかに早いスピードで高齢化しているかがよくわかります。
この日本社会の大きな変化は与論島にも影響を及ぼすことは確実です。

昨日、『ガイアの夜明け』という経済ドキュメンタリー番組を観ていたら、高齢者の方が元気で仕事の最前線で頑張っている姿が映し出されていました。
これは、与論島の将来を考える上で大いにヒントになります。
つまり、高齢者が活躍できる場・機会を提供する、そういうことに積極的に取り組んでいくのがとても重要だと思うのです。
かつては、若い人や観光客を島にいかに呼び込むかを主に考えていたかもしれませんが、これからは、元気な高齢者をいかに島に呼び込むかを真剣に考えたほうがいいかもしれません。

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by yoronto | 2014-02-12 15:42 | 島の再生