我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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カテゴリ:島の産業( 17 )


与論島の各産業の将来を憂う

9月12日~9月19日までの1週間、与論島の実家に帰省していましたが、島に滞在期間中、島の隅々まで歩き回って現状を見ました。
いろんな場所の風景写真を撮ることを目的に数日間は朝から夕方まで歩き通しでした。
暑いこともあってか、島内を私のように歩いている人はめったに見かけませんでしたが、歩き回ったおかげで島のいろんな姿を十分見ることができました。

今回の帰省を通して率直に感じたことを一言でいうと、「与論島の各産業の将来はかなり厳しい」ということですね。
滞在期間中、観光地で観光客の姿を見かけることはほとんどなかったし、茶花の商店街はシャッターが閉まったままのいわゆるシャッター通りだし、干ばつのせいでサトウキビは枯れているし、稼働中の工事現場はほとんどないし。
サトウキビ畑を所有し、牛を何頭か飼っている親戚の人に聞いたところ、「現状の収入での生活は苦しく、TPPの影響でサトウキビがダメになるようなことになれば与論島全体が大変なことになる」とのことでした。

このブログで、これまでいくつも与論島の再生のアイデアを書いてきましたが、若い人たちがどんどん外へ出ていき、島民の高齢化がどんどん進んでいく現状においては、やはり、“若者、バカ者、よそ者”の力に期待するしかなさそうです。
帰省した折に、親からは「お前、島に帰ってくる気はないか」と言われたのですが、私は東京でまだやりたいことがあるためそれが成就するまでは帰る気になれません。
ただ、微力ながら、こういうブログなども活用しつつ今後とも島の外から島の発展を支援していきます。
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by yoronto | 2013-09-24 10:05 | 島の産業

与論島は、今、サトウキビ収穫のまっただ中

南の島々では、年が明けると本格的なサトウキビの収穫が始まります。
与論島も同様です。
今の時期から春先まで島のいたるところでこの収穫作業が行われます。

最近は大型の機械を使っての収穫作業も行われつつありますが、多くの農家はいまだに家族総出の人海戦術でこの作業を行っています。
この作業がまた重労働なんですよね。
子供の頃から島を出るまでこの作業に携わりましたが、よく筋肉痛になり大変でした。

私の実家は男の子供が全員島外へ出てしまったため、現在は、高齢の両親と女性の姉たちだけが人出です。
これは私の実家だけでなく、他の農家でも似たような状況です。
昔よく言われた“三ちゃん農業”(農業の担い手が、じいちゃん、ばあちゃん、かあちゃんしかいない)そのままといった感じでしょうか。

自分の可能性や収入を求めて、豊かな生活へ憧れて若い人たちはどんどん島を出ていくため、重労働を伴う農家の担い手が減っていき、残された高齢者たちや数少ない若者たちだけで何とかしなければならない現状があります。
農家の後継者の問題は全国的な問題なのでしょうが、与論島でも深刻な問題の一つです。

何はともあれ、今、サトウキビ収穫に勤しんでいる農家の皆さんには大変な時期ですがぜひ頑張ってほしいと思います。
島の大事な産業を支えていただいていることに大変感謝いたします。

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by yoronto | 2012-01-10 07:56 | 島の産業

与論島で栽培が盛んな“ドラゴンフルーツ”

ドラゴンフルーツ”という果物をご存知でしょうか?
メキシコなど中南米が原産国で、現在は、東南アジアや中国、台湾などアジアの国々でも栽培されている果物です。

植物分類上はサボテンの仲間に属し、栄養素は、アルプミン、アントシアン、ブドウ糖、リン酸、ポリフェノール、食物繊維、カロチン、カルシウム、鉄、ビタミンB1・B2・B3、ビタミンCなどが含まれており、健康食品として注目されているそうです。
(ウィキペディアの解説より)

このドラゴンフルーツ、日本では沖縄など南西諸島でも栽培が盛んなんです。
実は与論島の農家もけっこうドラゴンフルーツの栽培に力を入れています。
与論島へ行ったら、島内のあちこちでドラゴンフルーツの畑を見かけるでしょう。

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by yoronto | 2012-01-06 05:00 | 島の産業

廃れる与論島の伝統産業、大島紬織り

<大島紬の織り機>
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私が子供の頃、我が家には最大で3台の大島紬の織り機が設置されていました。
母と姉二人が織り手でした。
かつては、高級布地の大島紬はいい稼ぎになったので、島の多くの家で女性たちが内職でやっていました。
今はそんな光景はすっかり姿を消してしまい、一部で細々と受け継がれるかたちで行われているだけとなりました。

伝統産業というのは、市場の縮小、後継者不足が重なると衰退していくもんなんですね。
与論島は、仕事がない(稼げない)ということもあって、若い人はどんどん島を離れていっています。
そうなると、必然的に伝統産業を受け継ぐ人材は不足していくことになります。

伝統産業は残したほうがいいものなのか、それとも時代の流れで成り行き任せでいいのか、なかなか悩ましい問題かもしれません。
残すとしたら、島外から人材を募集するという方法もあるのでしょうか。
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by yoronto | 2011-12-11 08:00 | 島の産業

どうするんだ、どうするべきか、与論島の農業

現在、日本を取り巻く大きな国際問題の一つに、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)に日本が参加するかどうかということがあります。
内容的には、単純にいえば、貿易関税を完全撤廃して自由貿易にしようということです。
これを日本が受け入れると、良い効果もあるでしょうし、逆にあまり良くない効果もあるでしょう。
ただ、これはどんなことをやっても必ずある物事の両面です。

良い効果はとりあえず置いておいて、あまり良くない効果について、与論島に当てはめて考えてみましょう。
TPPを日本が締結すると国内に外国の安い製品・商品がどっと入ってくる可能性があります、今以上に。
そうなるとどうなるか?
これまで高い関税で守られていた保護産業は価格競争力を失い大きなダメージを受けるでしょう。
例えば、その最たる例としては与論島の“サトウキビ”が考えられます。

与論島の三大産業(農業、漁業、観光業)の一つである農業の主要作物は圧倒的にサトウキビです。
島中サトウキビ畑だらけです。
だから、サトウキビ農家は直撃を受け、特にサトウキビ専業で生計を立てている人にとっては死活問題です。
以前よりサトウキビの将来については漠然とした不安はありましたが、それでも、TPPのような差し迫った問題に直面していなかったので、多くのサトウキビ農家は「そう簡単にサトウキビはなくならないだろう」と考えていたにちがいありません。

将来のことを考え、あるいは将来に不安を感じた農家の中には、既に他の作物の栽培を試みているところもあります。
しかし、それはまだ少数派です。
保守的な土地柄だし、島民の多くが町の行政依存体質なので、町が自分たちを守ってくれるだろうという思いもあるかもしれません。
お互いの人間関係をなあなあで済ませてきた島の文化、事なかれ主義の島民体質、、、今の状況はヤバイでしょ!、と思っているのは私だけではないはずです。

保護産業は守られているうちは何とかなっても、保護がなくなり自由競争にさらされると脆いものです。
日本の産業の過去の歴史をみればわかります。

急な方向転換は日本全体の農業も難しいでしょうし、与論島の農業も同様です。
ただ、早い段階でサトウキビに代わる何かを模索する必要があります。
私の実家もサトウキビ農家なので、まさに我が身に降りかかった大問題として私も試行錯誤したいと思っています。

それと、島に帰省する度に感じていることがあります。
島のスーパーで野菜類を買おうとすると、都会のスーパーに比べ、鮮度もよくなく、値段も高いし、それにとても品薄なのです。
自分の家で自家消費用の野菜類を栽培できる人はいいのでしょうが、お店で買わざるをえない人にとっては辛いところです。
与論島での暮らしは、収入は少ないのに物価が高いとなれば家計は苦しくなるばかりです。
野菜類は日々の食生活に欠かせないものなので、供給体制と流通網をしっかりしたものにし、安くて新鮮な野菜類をお店で買えるようにすることが必要だと思います。

与論島の農業を今度どうしていくべきなのか、残念ながら、現時点では私にもこれといったアイデアはありません。
今、世の中では、“安心・安全な食”に大きな関心が集まり、農業の重要性が叫ばれています。
与論島の農業のあり方の検討と様々な挑戦を今後とも続けていく必要があるでしょう。

<サトウキビ畑>
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<ドラゴンフルーツ畑>
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<里芋畑>
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by yoronto | 2011-10-06 10:09 | 島の産業

観光ブームが去った後の与論島の厳しい観光事情

私は現在東京で暮らしていますが、友人や知人、あるいは初めて会った人に出身地が与論島であることを告げると、多くの場合、「与論島は観光地として有名ですよね」という反応が返ってきます。
与論島にとって観光業は基幹産業の一つでもあるので島上げてPRしていることもあるし、また、かつては与論島ブームが起きた時代もあったので与論島を知っている人は多いのでしょう。

しかし、現在の与論島は観光地としてどうなのだろうか、毎年多くの観光客が訪れて賑わっているのだろうかと考えてみると、残念ながらもはや観光業にはかつてのような勢いはないというのが正直なところです。
与論島ブーム時代の島の状況を知っている人が現在の状況をみると、あまりの変貌ぶり(衰退)に驚くはずです。

その要因として考えられるのは、まず第一に、本土から与論島へ行くまでの旅費の高さにあることは間違いありません。
私がたまに帰省する時は、仕事が休みのお盆や正月の時期を利用することが多いのですが、航空運賃の割引が適用されないこの時期に帰省すると運賃だけで10万円以上かかります。
今や10万円もあれば海外のパック旅行を楽しめる時代です。
よほど与論島に何らかの魅力がなければ人々は海外旅行を選ぶでしょう。

第二に、かつての与論島ブームは、島のPR活動の成果というよりは、沖縄返還前後の南国ブーム、海外旅行が高嶺の花だった時代の国内旅行ブームが背景にあったにも関わらず、当時その恩恵を受けた人たちがその状況がいつまでも続くと信じて疑わなかったこと、あるいは当時のやり方が現在でも通用すると思い込んで同じ思考で同じやり方を続けていることにあるでしょう。

与論島という名前さえPRしておけば本土からたくさんの観光客がやってくるので、島では観光施設を整備し、ホテルや民宿を建設し、お土産品を売ればいいという旧来型の発想を変えなければ島の観光業は成り立たないのが現実です。
現在リゾート開発で成功しているのは、島外の外部資本で開発された“プリシアリゾート”のみでしょう。
はっきり言って、与論島ではプリシアリゾートの一人勝ちみたいなところがなきにしもあらずです。

ネットで与論島情報を検索すると、海や砂浜などの美しい自然であったり、観光としての見所であったりなど、与論島のいい面だけを紹介しているものがあふれています。
それはそれで情報発信者側の意図に基づいているものなのでいいでしょう。
ただ、物事には常にいい面と悪い面、光と陰の両方があるものです。
私のこの記事の内容は、与論島を観光地として積極的にPRしたいと思っている人にとっては好ましからざるものかもしれません。
けれど、現実は現実、現実を直視することからしか現状打破のためのアイデアは見い出せないような気がするのです。

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<観光客に人気のプリシアリゾート>
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by yoronto | 2011-09-19 15:10 | 島の産業

サトウキビの一生

与論島の主力産業の一つである農業の主な農産物は、“サトウキビ”です。
サトウキビは1年間かけて栽培され、収穫の早い農家では年初あたりから収穫作業に入ります。
収穫は春までかかるほど長期間です。

かつて島の人口が多かった頃は、各農家に収穫労働の担い手である子供たちがたくさんいたのでそれぞれの農家で無事に収穫作業を終わらせることができたのですが、今は人手が足りず、他人に応援を求める農家も多いと聞きます。
農業の担い手不足は与論島も例外ではないのかもしれません。

サトウキビは苗を育て、それを耕した畑に作付するところから始まります。
時々肥料をまいたりしながら育てていきます。
台風や干ばつの被害を受けたりすることもありますが、サトウキビは生命力のある植物なのでしぶとく育っていきます。

しっかり成長を遂げ出荷できるほどの状態になると、収穫作業が島内のあちこちで始まります。
収穫されたサトウキビは、島唯一の製糖工場にトラックで運び込まれ、製糖の過程を経ていろんな製品に姿を変えていきます。
与論島の地酒“有泉”(ゆうせん)も原料にはサトウキビが使われています。
機会がありましたら、ぜひ飲んでみて下さいね。

<サトウキビの苗>
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<苗の作付>
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<成長したサトウキビ>
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<収穫作業>
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<島唯一の製糖工場>
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<地酒(黒糖酒)“有泉”>
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by yoronto | 2011-09-09 13:58 | 島の産業

変わりゆく島の漁業

少年時代、親父に連れられてよく漁に行ったものです。
その頃は、島で行われている漁法は小規模なものが多く、船もサバニと呼ばれる古くから使われていた木の船や小さいボートが主流でした。

当時は魚がたくさんいる魚場もいろんなところにあっていろんな魚がたくさん獲れたものです。
しかし、時代とともに島の漁法も近代化し、本格的な漁船を使っての漁法が普及しました。
その結果、魚の獲り過ぎもあり漁獲高が減っていったと聞きます。
また、密漁なども行われて漁業関係者は頭を悩ませているとも聞きます。

古き良き時代を懐かしむのではなく、現状を嘆くだけでなく、島の産業である漁業の振興をどうするのか真剣に考えなければならない時代がやって来たのかもしれません。

<かつての漁で活躍したサバニ>
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<今でも小規模漁で使われているボート>
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<密漁を取り締まる看板>
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<島でもっとも大きい茶花漁港>
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<茶花漁港の水揚げ場>
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by yoronto | 2011-08-31 10:48 | 島の産業

与論島一番の繁華街“茶花”の商店街

与論島は3つの地区に分けられます。
茶花地区、与論地区、那間地区。
島一番の繁華街は、このうちの茶花地区にあります。
茶花には長い商店街があって、町の役場や大型スーパーなどもあります。

もっとも商店街といっても、都会の商店街と比べるとお店の数も少ないし、人通りもかなり少ないです。
この商店街の雰囲気を写真で紹介します。
1枚目の写真は、茶花の商店街のあるあたりの遠景、2枚目の写真は、商店街全体の地図です。

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by yoronto | 2011-08-27 10:48 | 島の産業

新たなリゾート計画

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与論島といえば、プリシアリゾートが有名ですが、9月に帰省した際、新たなリゾート計画が進行中であることを知りました。
観光振興策としてのリゾート化は島の一大関心事なのでしょうが、昔からの素朴な風景が失われていくのを見るにつけ一抹の寂しさを感じます。
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by yoronto | 2006-10-14 13:34 | 島の産業