我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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カテゴリ:それ以外( 17 )


『ヨロン島ファン感謝祭』 in 日比谷公会堂

11月23日、勤労感謝の日、東京港区の日比谷公会堂で『ヨロン島ファン感謝祭』が開催されました。
東京在住の地元関係者として馳せ参じたのはいうまでもありません。
イベント関係者に聞いたところによれば、最終入場者数は約1,500名だったようです。
こんなにたくさんのヨロン島ファンがいて嬉しいかぎりです。
イベント終了後は、地元からイベント運営のために来ていた知人たちと一献交わし大いに盛り上がりました。
もちろん「与論献奉」つきで。
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by yoronto | 2006-11-26 11:58 | それ以外

この道、海へ通ず

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私の実家の前の道路は、このまま真っ直ぐ行くと海にたどり着きます。
距離にすると、そうですね2、300mといったところでしょうか。
津波が来たらヤバイかもしれません。
夜寝るときに耳を澄ますと、打ち寄せる波の音が聞こえてくることもあります。
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by yoronto | 2005-11-13 23:21 | それ以外

実家の風景

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写真の右端に見える家が実家の一部です。
お客さんを泊めるときは、この家を使います。
家族が日々寝泊りしているのは、写真の家の奥のほうにある家です。
ご覧のように、実家はサトウキビ畑に囲まれています。
与論空港に到着したら、我が実家まではタクシーを使い自宅前まで行ってもらいます。
私の実家のある地名は“古里(ふるさと)”というのですが、
タクシーの運転手さんに「古里の○○さんちまでお願いします」と告げると連れていって
くれます。
さすが人口の少ない島ですね。
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by yoronto | 2005-09-24 12:19 | それ以外

「オフ会伝言板」設置のお知らせ

皆さん、こんにちは。ヨロンです。

オフ会の案内などを掲載する専用ブログを設置しました。
オフ会伝言板
このブログを使って、時々オフ会の案内を出していきたいと思いますので、
興味のある方はぜひお立ち寄りください。
また、オフ会に実際に参加してみたいと考えていらっしゃる方で、
ご都合がつく方はぜひご参加ください。
私が主催するオフについてのお問合せなども歓迎です。
それではよろしくお願いいたします。
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by yoronto | 2005-08-28 17:47 | それ以外

島の学校

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与論島には、小学校が3つ中学校が1つ高校が1つあります。
それぞれの学校名は以下の通りです。
<小学校>
・与論町立与論小学校
・与論町立茶花小学校
・与論町立那間小学校
<中学校>
・与論町立与論中学校
<高校>
・鹿児島県立与論高校

ちなみに私は、与論小学校⇒与論中学校⇒与論高校で学びました。
中学から高校にかけては、島外の学校に進学する、または就職で島を離れる学生以外は6年間ずっと一緒なので、全員の顔と名前が一致するレベルになります。
都会のマンモス校だとさすがに全員の交流は難しいでしょうが、田舎の小さい学校の場合はそれが可能なので人間性の教育にはいい環境かもしれません。
学校間の競争がなかったので学力は全国レベルよりずっと低かったのですが、“勉強のできる生徒ができない生徒に勉強を教える”というような人間関係があり、そういう関係っていいよなと今でも思います。

学力レベルの点についていうと、私が高校生の頃、学校の悲願は「国公立大学への合格」でした。
私の学年の戦績はといえば、現役合格としては「琉球大学1名」でした。
琉球大学の偏差値ってご存知ですか?
当時全国の国公立大学の中で最下位でした。
偏差値の高い大学に受かったから立派な人間になれるというものではありませんが、ただ、学校で学んだことの集大成の一つのバロメーターが大学進学であるなら、ちょっと情けない結果かもしれません。
島の子供の人数も減少していく中、「教育と学力」の問題は今後大きくクローズアップしていくような気がします。
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by yoronto | 2005-08-05 10:05 | それ以外

与論島への行き方

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与論島には空港があります。
なので飛行機で行くことができます。
ただし内地からの直行便はないので、那覇空港鹿児島空港で離島便への乗り換えが
必要です。
東京からだと乗り継ぎ時間を入れて約3時間のフライトで与論島に着きます。
東京から沖縄、鹿児島までは便数が多いのですが、そこから与論島までの便数が少ない
のが難点です。
だから、お盆休みや正月休みで帰省する際のチケット確保は大変なのです。

前回帰省した際は、鹿児島経由でした。
写真は鹿児島空港です。
遠くに霧島連峰が見えます。
鹿児島経由で帰るときは、空港内のレストランで鹿児島名物のさつま揚げ、薩摩地鶏刺、
キビナゴをつまみにしてビールを飲みます。
美しい霧島連峰を眺めながらほろ酔い気分になれます。
そして与論島行きの便に乗ると、ちょうどいい感じで現地に着くのです。
沖縄経由で帰るときも似たような感じで一杯やってから乗り継ぎます。
与論島までの道中ではこんな楽しみもあります。
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by yoronto | 2005-07-30 07:44 | それ以外

東京オリンピックの年、私はこの島で生まれた

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1964年6月23日
これは私の誕生日です。
歴史を遡れば、この年には東京オリンピックが開催され、以後日本は高度経済成長の道を歩み始めたのだとか。
私の記憶するところ、12名もの大家族が同居するヨロン家が棲む与論島は、そういった景気の恩恵を受けることもなく、島民は相変わらず貧乏暮らしをしていたように思います。

我がヨロン家は貧乏ではありましたが、口うるさく、子供たちをこき使う両親のもと、ある時は戦争状態、ある時は一致団結し逞しく暮らしておりました。
家族構成は、祖母1名、両親2名、子供たち9名の計12名。
子供たちの構成を分解すると、男5名、女4名。
両親様、よくぞこんなにバランスよく産んでくれました。
ちなみに、私は7番目に位置し、妹と弟が1名ずつおります。

まぁ、そんなわけで私は、鹿児島県最南端の島与論島で生まれ、地元の高校を卒業し東京の大学に進学するまでの18年間をこの島で過ごしました。
私は今41歳なのですが、既に島で暮らしていた年月より長い年月を島以外で送っています。
最近なぜか、「自分の生き方の原点は故郷にあるのではないか」、「私の魂は遠く離れたこの島にあるのではないか」、そんなことをよく思うのです。
このブログでは、徒然なるままに私の故郷である“与論島(ヨロン)”に関することを書き綴っていこうと思います。
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by yoronto | 2005-07-23 15:35 | それ以外