我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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東京から見た与論島。与論島の魅力は何?、なぜ島出身者は島に戻りたがらないのか?

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日本経済が勢いよく成長した時代、与論島もその恩恵に預かりました。
島自体がもともと持っていた豊かな自然のおかげで、本土から多くの観光客が訪れました。
かつては新婚旅行のメッカ、若者たちのレジャーランド、本土からやってくる観光客の数が島の人口を上回った、そんな時代もありました。
そんな時代を少し私も経験しましたが、当時、島人たちはこぞって観光客相手の商売に精を出したものです。
とにかく、島のあちこちでたくさんの旅館、お土産ショップを見かけました。

もし今、当時の島の姿しか記憶にとどめていない人が島の観光の現状を観たら驚くでしょう。
夏のシーズンなどにはあれだけ多くの観光客が島中を闊歩していたのに、今やほとんど見かけないほど観光産業は衰退しています。
観光客誘致のための取り組みはユンヌンチュが島あげて一生懸命やっているとは思うものの、あまり大した効果も出ていないというのが正直なところでしょうか。

私は現在東京在住ですが(島を出てかれこれ30年)、いつだったか、行き着けの飲み屋で東京の飲み仲間から言われたことがあります。
「与論島を旅する旅費を考えたら、海外を旅するほうが絶対いいね」、「沖縄じゃなく、あえて与論島へ行く魅力は何かあるの?」と。
また、ある時は、東京に住む同郷の同級生からこんなことを言われました。
「子供を持つ親の身になると、教育問題があるのでずっと東京暮らしがいいね」と。
おそらく、東京はじめ都会暮らしをしている同級生の中には一生島へ戻らないと決めている人も多いでしょう。

私はこれまで、このブログで与論島再生のアイデアをあれこれ書いてきましたが、同じく東京に住む弟からこう言われました。
「兄貴のアイデアはいいアイデアかもしれないが、島では受け入れられないだろう。何せ、現状を変えたがらない、変えようとすると抵抗する保守的な人が多い島だからな」と。
弟の指摘は正しいと、率直に思います。
大酒飲んで酔っ払って語るだけは語るものの行動はしない、素面になると我が身かわいさに守りに入ってしまう、そんな体質があるように感じています。

与論島出身者は島以外の地に住んではいても、自分の故郷に郷愁の念を抱き、また誇りに思っているものです。
ただ、時々何かの折に帰省することはあっても、自分の生活や人生を考えて島に戻る選択をしない人もたくさんいます。
親兄弟姉妹などの肉親、あるいは親戚などが存命のうちは帰省先としてありがたい、でも知る人がいなくなったら何の未練もない、そんな考えの人だっているかもしれません。

与論島の美しい自然、それにひかれて多くの観光客が来島し島の財政が潤ったのは今や昔。
交通機関も発達し、インターネット上には情報もあふれ、海外旅行費もかつてよりぐんと安くなった時代、あえて与論島へ行くこの島が持っている魅力とは何なのか?
私が思うに、これからの与論島の魅力は、若い人たち、また島の未来を憂う人たちが中心になって創っていかなければならい、のではないかと。
黙っていても勝手に観光客が島にやってきた時代は終わりました。
「でーばー、さいえーばんぬまん(どうだい、酒でも飲もうか)」という習慣はやめて、真剣に島の未来のために島の魅力創りをする必要があるでしょう。
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by yoronto | 2013-06-14 12:06 | 島の再生
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