我が魂の島ヨロン島 The Soul Island "Yoron"


本名:竹内富雄。1964年、東洋の真珠“与論島”で生まれ育つ。私の原点と魂は今もなおこの島にある。 I was born in the small island in Japan.The name of this island is "Yoron" where is very beautiful.
by yoronto
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空港ができるまで本土との移動手段はフェリーだった

与論島に空港を!
島民の悲願でした。
昭和48年(1973年)に工事着工、昭和51年(1976年)に完成。
以来、島と本土を結ぶ空路便は大活躍しています。
現在は、鹿児島、沖縄両方から日に2、3便が飛んでいます。

空港ができる前は、本土との移動手段はフェリーでした。
多くの島民が島を離れる時にフェリーを使いました。
港からフェリーが出港する時、島を離れる人たちと島に残る人たちを結ぶ別れテープの光景を見る度に胸がしめつけられたものでした。
飛行機での移動が増えてからはそういうシーンも減ってしまいました。

本土から与論島へ旅したことのある人の中には、「東京からフェリーで行ったよ!」、「大阪からフェリーで行ったよ!」、「鹿児島からフェリーで行ったよ!」、「沖縄からフェリーで行ったよ!」という人もいるかもしれませんね。
若い頃の懐かしい思い出でしょうか。

とはいえ、いまだにフェリーは島と本土を結ぶ手段として活躍しています。
毎日1便定期船がやってきます。
大量の貨物の輸送にはフェリーが最適ですからね。
これからもフェリーは島と本土を結ぶ交通機関として活躍し続けることでしょう。

写真は島最大の港「供利港」(ともりこう)の様子。
大きな港はもう1つありますが、通常はこの供利港が利用されています。

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by yoronto | 2011-09-02 12:05 | 島の人々
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